アマチュア野球は、足を使って観に行った人ならではのおもしろさがある|神宮球場ビール売り子・かれん

どんな業界でも、第一線で活躍する人の情報は、検索すれば気軽にアクセスできる時代。

野球界も、プロ野球や甲子園常連校、メジャーリーガーなどの情報は、SNSやインターネットの中に溢れています。

一方で、地方の高校野球や大学野球、社会人野球などのアマチュア野球の情報は、そうたくさんはありません。

けれども、アマチュア野球には、アマチュア野球ならではのおもしろさがある。

神宮球場でビール売り子をする梶田かれんさんは、アマチュア野球を応援するおもしろさについて、「足を運んだ人しか知れないことがある」と語ります。

かれんさんのビール売り子としてのキャリアは今年で約2年。
2年目は1年目よりも売り上げを伸ばせたそうですが、売り子で稼いだお金は、大好きな社会人野球の観戦に使うライフスタイルを送っています。

野球で稼いだお金を野球に使う。

そんなお金の使い方をするかれんさんに、アマチュア野球の魅力と売り子として成績を伸ばせた秘訣、そしてこれから野球とどう関わっていきたいか、お話を伺いました。

梶田かれんさんインタビュー


インタビューした日:11月18日(水)

2年目で杯数を伸ばせたのは、野球トークと常連さんのおかげ

── 2019年、野球はシーズンが終わりましたね。かれんさんは今年、どのくらいビールが売ったんですか?

かれん:
夏は1日、平均150杯から170杯は売れたんじゃないかと思っています。神宮球場は、野外ということもあってビールがよく売れるんです。

半額デーというのをやっている日もあるんですけど、その日は300杯以上は売れました。

── かれんさんは、売り子は2年目なんですよね。

かれん:
そうです。1年目は2年目みたいに売れていたわけではなくて。

── 1年目から2年目で、杯数を伸ばすためになにか意識したことはありますか?

かれん:
常連さんから買ってもらえることを意識して、お客さんの顔や会話の内容を記憶したり、楽しく会話できるように務めました。

私、外野席で売っているんですけど。外野席って、毎日球場に来ているようなお客さんがたくさん座っています。だからみんなすごく野球に詳しいし、売り子に対しても「ビールを買うならこの子から」と決めている方も少なくありません。

だから、外野席で売っている以上、常連さんを味方につけたいなと思って。もともと野球が好きだったので、積極的に野球の話をしました。私は社会人野球チームの「JX-ENEOS(以下、エネオス)」のファンなので、エネオスのタオルを巻いたりもして。

── 全身で、野球好きを表現しながら。

かれん:
そうですね。それをきっかけに「それエネオスのタオルだよね」と声をかけていただき、ビールを買ってもらったりもして。

その日スタメンで出ているエネオス出身の選手がいたりすると、「この選手エネオス出身なんで、よかったら社会人も見てみてください」なんて伝えてみたりも。

それから、昨日の試合は誰が打ったかとか、誰が先発でどんな調子だったかなど、常連さんと話せる情報を頭に入れてから球場に出るようにはしていました。

── 杯数を伸ばせたのは努力の賜物だったんですね。

かれん:
それが苦労なくできたのは、野球が好きだからだと思います。

── 外野席のお客さんも、売り子の子が心から野球が好きだと、よりビールを買うのも楽しいだろうなって思います。

かれん:
そう思ってくれたら嬉しいです(笑)。

売り子をやっていて、お客さんともいい関係になれるし、野球の知識も入ってくるし、すごく幸せです。

── 野球を観るって普通は、みんなグラウンドの方に視線が行くんだけど、売り子さんだけは逆の方を見ていますよね。だからこそお客さんと楽しめるっていうのが、すごくいいなと思いました。

かれん:
お客さんともいい関係になれるし、すごく幸せだなって思います。お金以上に得るものは大きいかも。

高校時代は観戦数は年間40試合

── かれんさんが野球好きになったきかっけを教えてください。

かれん:
きっかけは、2013年のWBCをテレビで見たことからでした。

そのとき私は愛知県の春日井市で暮らしている中学2年生だったんですけど。テレビで巨人の長野久義選手を観て、長野選手と巨人のファンになってしまったのが、野球好きになったきっかけです。

── 長野選手に惹かれたポイントは?

かれん:
なんだろう、チャンスでしっかり打ってくれるところですかね。

坂本勇人選手とかもそうなんですけど、いい意味で野球選手っぽくなさを感じていたように思います。そのときは、ちょうどふたりが首位打者を獲っていた年で、それでさらに、キラキラ輝いて見えたのかも。

子どもの頃からおばあちゃんに、たまにナゴヤドームに連れて行ってもらったりもしていたんです。けれどもそんな感動したことはなくて。WBCからですね、野球選手ってキラキラしているんだなぁって思うようになったのは。

── 巨人ファンになってからは、どんなふうに野球を観ていたんですか?

かれん:
テレビで巨人戦を観ながらも、高校野球にもハマりました。むしろそこからは高校野球にどっぷり。

地元が、イチロー選手の母校でもある愛工大名電のグラウンドがあるところだったんです。それをきっかけに名電の試合を観るようになって。

今、横浜ベイスターズにいる名電出身の選手、東克樹投手。東選手が現役の高校球児で投げていた頃です。バッテリーがすごくかっこよくて、ファンになって。名電が愛知県大会の決勝に進む頃には、メンバー全員の名前を言えるくらいにまで勉強しました。

今も記憶に残っています。そのくらい自分の中では応援していました。ここまでが中学3年生のときまでの話です。

高校生になってからは、親の仕事の都合で東京に転校することになって。

── 愛知から、東京へ。

かれん:
引っ越してきてからは、東京の高校野球事情が全然わからなかったので、神宮球場に有名校を観に行ったりしていました。

── 生活環境が変わっても、野球を好きな気持ちは変わらなかったんですね。

かれん:
そうですね。だから高校生の頃は、愛知に帰省するたびに名電の試合も観に行ったり。帰ったからついでに、という感覚だったんですけど。

── 東京で好きな高校はできましたか?

かれん:
早稲田実業(以下、早実)が大好きで。

たしかに、引っ越してきてから神宮に通っていた動機は、東京の高校野球事情を勉強することだったんです。けれど、早実が神宮で試合しているのを観るうちに、どの選手がというより、早実というチームがすごく好きになりました。

早実の選手は本当にみんな楽しそうに、自主的に野球をしているように感じたんです。しかも早実って勉強もできないと入れない学校ということで、文武両道なところも尊敬しちゃって。

同じ高校生として、憧れるのような選手たちでした。高校生の頃は、ずっと高校野球を追いかけていましたね。

── どのくらい観戦に行っていたんですか?

かれん:
年間40試合くらい球場に行っていたと思います。

── となると、だいたい1週間1試合・・・毎週球場に行っていたんですね!

かれん:
はい、もう毎週(笑)。

学生券という1回500円で観戦できるチケットがあって。それで毎週観ていました。けれどチケットよりも交通費の方がお金がかかっていたな、と思います。郊外での試合も観に行っていたので。

「情報が少ない」が足を運ぶ動機に

── かれんさんは今、エネオスのファンだということですけど。社会人野球にハマったきっかけは?

かれん:
それは単純に、自分が応援している選手が高校を卒業して大学生になったり、社会人になったからなんです。

応援していた選手は、プロじゃなく、高校卒業後はアマチュア野球に進みました。その過程を追いかけているうちに、大学野球や社会人野球にハマったんです。

社会人野球も好きだんですけど、大学野球も好き。

── 応援していた選手が次のステージに進んだから、かれんさんも高校野球から次のステージへ、というふうな。

かれん:
はい。自分の学年が上がると同時に、応援していた選手も次のステージに進んで。

けれどプロ野球じゃない大学野球や社会人野球のステージでは、高校野球の頃より知名度が落ちてしまったり、観客が少なくなったりする。

そんなアマチュア野球の環境に、寂しさを感じていたりもします。

── なるほど。かれんさんが考える社会人野球や大学野球の魅力はなんだと思いますか?

かれん:
高校野球で有名になった選手を、大学野球や社会人野球ではそんなに観客もいない中で、肩肘張らずにじっくり観れるのは魅力じゃないかなと思います。

あとは、大学野球や社会人野球はプロ野球と比べて情報量が圧倒的に少ないので、現場に行かないとわからないことが絶対あると思っています。

── 足を運んだ人しか知ることができないことがある。

かれん:
はい、何が起きたかすらわからないことも多々あります。メディアも、いいことしか書いていないことは少なくなく、実際現場で観ていると「やっぱりなんか違う」と感じることも。

だからちゃんと自分の足で、現場に行って観ようという意識はありますね。

── その煩わしさが逆にいいのかもしれませんね。情報が少ないからこそ、足を運ぶ動機になっているというか。

かれん:
そうですね。SNSやインターネットで検索して終わりにならずに済むし、行ったら確実に本当のことを知れるので。

── 大学野球と社会人野球でも、また違った楽しさはありますか?

かれん:
あると思います。

私が感じているのは、社会人野球って、選手はものすごいプレッシャーの中で戦っているんだということ。もちろん、大学野球の選手にもそれはあると思います。けれど、社会人野球の選手は、企業を背負ってプレーしていて、負けちゃいけない意識が本当に強くある。

いち野球人でもあるし、いち企業人でもあるのが、社会人野球の選手たちなんです。

── 社会人野球は日本全国に企業チームがありますが、東京以外の試合も見に行かれたりしているのでしょうか?

かれん:
遠征もします。

10月は大阪に2回も遠征してしまい、9月の売り子で働いた分のお給料が丸々遠征費に消えました(笑)。でもそのために稼いだお金だったので、惜しい気持ちはありません。

9月は夏休み期間、そして夏の終わりということもあり、すごくバイトを頑張りました。

── かれんさんは、野球で稼いだお金を野球に落としているんですね。

かれん:
そうですね。私の中では、野球界に紐づくところで自分のお金が循環しているイメージ。野球が好きだから、すごく気持ちのいいお金の使い方だなって思っています。

それに最近は、将来的には野球を仕事にしたいな、という気持ちが強くなってきていて。そのために野球にお金を使うのは自己投資だと思うので、惜しまずに積極的に使っていきたいです。

野球の深部に関わる仕事がしたい

── 野球を仕事に。具体的に、どんなふうに野球と関わりたいですか?

かれん:
今考えているのは、トラッキングデータやセイバーメトリクス指標などのデータから戦略を立てたり、選手を評価したりする仕事ができたらいいな、ということです。

── すでにMLBでは積極的に使われていますよね。

かれん:
理系の知識が必要な分野だと思うんですけど。

そういうデータの重要さを最近知って、私が野球で貢献できるならこういった分野かもしれない、と思うようになりました。

── そういえばかれんさん、東京理科大学に通われていましたね。

かれん:
はい、専攻は物理です。もともと、理系科目が好きで。

じつは今まで、野球の深部に携わる仕事がしたいと思っても、半分諦めていた自分がいました。

やっぱり私はプレーヤー経験者じゃないので、知識や共感部分が、どうしても経験者に劣るんじゃないかという気がしていたんです。

なんとなく、引け目を感じていました。でもデータ分析の重要性を知ってから、自分も野球界に貢献できるかも!と前向きになりました。

最近はありがたいことに、野球のデータ解析をしている企業からインターンのお誘いをいただいたりもして。少しずつですが、野球の本質的な部分に仕事で関われる兆しが見えてきたように思います。

売り子としては、来年もさらに杯数を伸ばしたい。そしてそれと同時に、野球を仕事にできるように、今まで以上に本気で野球を観たいなと思っています。

インタビューした感想

売った杯数に妥協しない姿勢や、興味関心を抱いたものを足を使って追いかける姿勢。

「私はプレイヤー経験者じゃないので」と言ったかれんさんですが、私はかれんさんの、何事にも自分が納得できるまで一生懸命頑張る姿勢に、アスリート魂のようなものを感じました。

情報が少ないからこそ、現場に行った人にしかわからないことがある。

これは編集・ライティングを仕事にする筆者にとって、とても共感するお話でした。

そして、このことを誰に教えられるでもなく自分で気づき、行動に移しているかれんさんを、心から尊敬しました。

ノマド的節約術の裏話

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この記事を書いた人

編集者・ライター。1995年生まれ、秋田県能代市出身。株式会社Wasei「灯台もと暮らし」編集部。野球しながら植物を育てています。