たった一つ胸を張れるスキルがあれば、仕事は増えていく|東京フリーランスCMO・ショーへーさん

小山内 彩希の画像

「4年前まで、ロクにパソコンを触ったこともありませんでした」

こんなふうに話すのは、未経験──しかも文系職からフリーランスのエンジニアとなったショーへーさん。

ショーへーさんはフリーランスになってすぐ、タイ・バンコクに移住し、現地でプログラミングスクールを開業しました。

帰国後は、「人それぞれの心地よい生き方・働き方を発信したい」想いから、ウェブメディア『東京フリーランス』を運営をするように。

現在は、『東京フリーランス』の運営だけでなく、SNSを使ったマーケティング案件の受託、サイト制作やプログラミングスクールのカリキュラム作成、コミュニティの運営、学習コンテンツ作りなど、幅広く活動しています。

かつての自分を「パソコンに弱かった」と語り、ご自身の性格を「じつはすごく保守的」と笑うショーへーさん。たった数年の間に、こんなにも幅広い仕事を受けられるようになったのは、どうしてだろう?

お話を伺うと、ショーへーさんの「スキルを一つ一つ自分のものにしていく」姿勢に、新しい仕事を呼び込むヒントがありました。

ショーへーさんインタビュー

インタビューした日:10月18日(金)

人との関係は点ではなく線で捉える

── ショーへーさんはエンジニアになる前、どんな仕事をしていましたか?

ショーへー:
新卒で入った産業用ロボットを作っている会社で、営業をしていました。なので、文系職ですね。

ロボット事業をやっている会社に就職しようと思ったのは、大学時代からずっと、海外、特に新興国でビジネスをしたいと思っていたから。

日本だったら「ロボット産業なら海外に出れそうだな」と思ったのが、ファーストキャリアでその会社を選んだ理由。

だったんですけど、結構大きい会社だったんで、やりがいを感じにくくて。それは僕が、大きなプロジェクトの小さなな仕事を担うより、小さなプロジェクトでも一人で全体を見れるような仕事の方が肌に合っていた、というのがあると思うんですけど。

また、話はちょっとズレるんですけど、僕大学時代に原付バイクで交通事故にあっていて。

── えっ!

ショーへー:
大学4年生の1月だったんですけど。全治4ヶ月の大怪我をして、集中治療室に入りました。

そんなことを思い出し、「いつ死ぬかわからないのに、30代前半でようやく海外赴任に行ける、みたいなルートを待つばかりの人生でいいのだろうか」と考え出したんです。

自分の中の違和感に気づき、新卒で入った会社は1年で退職しました。

── そこからエンジニアになろうと思ったのはどんな理由から?

ショーへー:
会社を辞めてからは、自分は何になろう?と考えながら、フィリピンに留学していました。

そこでふと、「プログラミング言語は、世界共通の言語だな」と思って。

── 英語が通じない国でも武器になる。

ショーへー:
そうそう。だから、プログラミングのスキルさえあれば、どこでも働けるんじゃないかと。新興国で働きたい夢も叶いやすいんじゃないかと考え、プログラマーになろうと思ったんです。

とは言っても、プログラミングの勉強は愚か、じつはそれまでロクにパソコンも触ってこなかった。だからとりあえず未経験の会社を受けてみよう、未経験で採用を募集しているIT系のスタートアップ企業に、何社か面談に行きました。

どこの会社に行っても、「いずれ、数年後海外に行きたい。そのためにプログラミングの勉強したい」って話をしていたんです。どこも気概は買ってくれましたけど、2〜3年で独立、という部分は苦笑い。

── スキルを持って出て行かないで、てきな。

ショーへー:
そういうことだと思います。けど、最終的に僕が入った会社は、僕の考えていることに対して「おもしろいね。よかったらうちの会社の支社でも作ってよ」と言ってくれたんです。

残念ながら未経験者の採用はしていなかったので、初めて受けたときは落とされているんですけど。

── そこから採用されたのは、一体どうやって?

ショーへー:
まず落とされて、「じゃあ何を勉強したらいいですか?」と聞きました。

そうしたら、会社のCTO(最高技術責任者)の方からプログラミングのオススメの参考書を教えてもらって、課題も出してもらえることになったんです。しかも、「わからないところは質問しに来てもいい」と。

そこからは2ヶ月間毎日課題をやって、質問するためにオフィスに通って。そうして2ヶ月後に、採用してもらいました。

これ今だから言うんですけど、未経験のスキルって、多少勉強してきた人と全く勉強してない人、能力的にはどんぐりの背比べなんですよ。

けれどじゃあ企業の人は何を見てくれるかって、「未経験だけど自分で勉強して、成果物を作ってきた」というやる気です。

── やりたいです、と口で言うのは簡単だけど。実際評価されるのは、そのために何をしたか、なんですよね。

ショーへー:
じつはそのやる気を、たった一回だけで見てもらうことって難しいんですよね。でも多くの人は、たった一回の面接で勝負しようとする。

やる気を感じてもらえたらいいわけだから、その場だけで勝負する必要はないし、究極、面接で落とされてもいいと思うんです。

面接行く前や行って落ちた後も、例えば「この技術使ってアプリ作ってみました」と会社のブログにコメントとかすれば、採用担当の人は絶対に見てくれるし。相手も人だからやっぱり人だから、姿勢は見てくれます。

だから、面接は点ではなく線で捉えるのがいいのかなって、僕は思うんです。

たった一つ、スキルを磨いてみる

── 入った会社では具体的に、エンジニアとしてどんなお仕事をされていたんですか?

ショーへー:
最初にやっていたのはバックエンドエンジニア、ウェブサービスを使用するユーザーからは見えない部分を作っていました。

僕は最初、プログラムを書くときにJavaを使っていたんです。Javaって、大規模システム開発、例えば銀行のシステムとかFacebookとかに使われるので、必然的に大きな案件のお仕事をしていました。

それで、「自分が今やっている仕事は、システムのどこの部分なんだ?」と思うようになっていって。もう少し、規模が小さくてもひとりで全部作れるようになりたい、と思ってRubyを勉強し始めました。自分でECサイトみたいなものを作ってみたりしながら。

── フロントエンドエンジニアの勉強もし始めた。

ショーへー:
本格的にフロントエンドエンジニアに移行していったのは、友人の会社で働くようになってからです。僕がRubyを勉強し始めたときに、たまたま友人がIT系のシステム開発の会社を起業したんです。

友人から「PHPシステムを作れる人を探していている」と言われて、僕がやっているのはRubyだったけど、Javaよりは全体を見れるからできるんじゃないか、と思いました。また、自分が働いている会社よりもベンチャーだったんで、0から10まで全部システムを作れるな、と。

それで勤め先の代表に、「友人の会社に派遣してください」とお願いして。友人の会社でPHPと、ワードプレスを使ったサイト制作を覚えました。その会社はサイト制作も受託で受けていたので、おかげで、システム開発からサイト制作まで全部できるように。

── 「できるかもしれない」に積極的に挑戦することで、実際どんどんできることが増えていったんですね。

ショーへー:
そうですね、7割くらいできる、やりたいと思ったら、「できます」「やります」と手を挙げるようにしています。

僕、根がすごく保守的なんです。だから自分から成長できる状況に身を置く、ということは意識的にやっていますね。考える時間があると、すぐに保守的な自分が出てきて現状維持になってしまうので。

できることが増え、副業も始めました。

一番最初の仕事は、10万円で友だちでサイト制作。そこから少しずつ副業も受けていき、エンジニアとして会社に入って2年くらいで半分フリーランスのようになっていました。会社のお給料以外に、毎月副業で20万円くらい収入があったので。

でもそのフリーランスでの収入も、会社員をやっていたからこその部分が大きいです。

担当していたお客さんが僕個人に仕事をふってくれたりとか、結構ありました。また、会社自体も、その後僕がフリーランスになるタイミングで「仕事を持っていっていい」と言ってくれたのも、かなり安泰にフリーランススタートを切れた理由の一つ。

やっぱりそこのお金があるのとないのとでは、精神的に全然違ったと思います。

── ではショーへーさんとしては、会社でスキルを使った実務を経験してからフリーランスになることが、オススメですか?

ショーへー:
未経験からフリーランスってできないわけではないんです。ただ、一回就職してからという道の方が、人に勧める上では再現性が高いのかなとは思います。

── ショーへーさんがお仕事を増やしていけたのは、どうしてだと思いますか?

ショーへー:
とくに意識して仕事を増やしていこうと意気込んだことはないけど、一つ一つできることが増えていくにつれ、仕事も増えていったように思います。

何者かになりたいとき、デザインをやってみたり、コーディングやってみたり、いろいろ手を出したくなるじゃないですか。でも大切なのはまずは一つ、「これは仕事で成果を出せれるレベルだ!」って自分が胸を張って言えるくらいのスキルを持つこと。

自信があるスキルを持って動き始めると、「じゃああれもできない?」「こういうのを考えているんだけど」と依頼や相談がくるようになるので。

僕の話で言ったら、PHPをまず自分のものにして、次はワードプレス、その次はLaravelというふうに、一つ一つものにしていきました。一つ一つ、軸をつくっていきましたね。

プログラミングは手段。心地よい働き方を提案したい

── フリーランスのエンジニアになって、タイ・バンコクに移住したそうですが。なぜバンコクだったのですか?

ショーへー:
そもそもタイに行ったのは、今までの話にもあった通り、新興国で何かビジネスをしたい気持ちがあったから。その中でもバンコクだったのは、フリーランスが住みやすい都市ランキング1位だったからです。

── たしかに、ノマドワーカーが多い印象があります。

ショーへー:
ノマドライフに最適な街をランキング化したサイト『Nomad List』って知っていますか?

Nomad Listでは、気候や物価、安全性など、いろんな基準からスコアリングしているんですけど。バンコクはNomad Listで、何年もトップ5から落ちたことがないんです。

家賃も日本の3分の1くらいじゃないですかね。Wi-Fiも高速ですよ。

── 実際現地ではどんなことを?

ショーへー:
エンジニアの仕事をしながら、一緒にタイに移住したおなじフリーランスの友だち3人と、「フリーランスになりたい人に向けた、プログラミングスクール」を立ち上げました。

── フリーランスになりたい人に向けた。

ショーへー:
そうです、プログラミングは手段で、僕たちの想いとしては、フリーランスという生き方・働き方を広めたいというのがありました。

そのときは、プログラミングスクールって、卒業してから就職するコースしか基本的にはなかったんです。でも立ち上げた僕ら、就職してからフリーランスになったのが僕だけなんですよ。他は未経験からいきなりフリーランスのエンジニアだったり、アフィリエイターになったりしている。

だから、実務未経験からでもいきなりフリーランスもなれるし、フリーランスになりたい人向けのスクールをやろう!という話になって、立ち上がったスクールの名前が、『iSara(イサラ)』。

── 立ち上げたメンバーはみなさんご友人?

ショーへー:
友だちです。最初4人が仲良くなったのも、みんなフリーランスで自由に働けるからいつでも遊びに行ける、ということからで。

ほんと、「明日エアビーでいい感じの宿借りて、パーティしない?」くらいのテンションで遊んでいました。もうギャルみたいに。

でもそういう仲間を増やせたら、僕たちも楽しいし、一緒に楽しいと感じてくれる人もきっといる。そんな単純な動機からiSaraはスタートしたんです。

iSaraは、1ヶ月オンライン学習して、1ヶ月タイに来てもらうというプログラムになっていて。僕たちもたくさん受講者の方の話を聞いてきました。

すると、iSaraを受けに来る人の中に、社会や働き方に息苦しさを感じている人が少なくないことに気づいたんです。そこで僕としては、「その人にあったより良い生き方・働き方を提案したり、発信する活動をしたいかもしれない」と思って。

また、フリーランスという働き方は、何かしらの息苦しさを感じる人たちの一助になるかもしれないとも。

そうして今年の4月に帰国し、フリーランス向けのウェブメディア『東京フリーランス』に携わることに決めました。

エンジニアから働き方を提案する人へ

ショーへー:
帰国してから、仕事内容がガラッと変わりました。

これまでの柱となっていたエンジニアの仕事もしつつ、「より良い働き方を提案したい」想いのもと、東京フリーランスの運営や、未経験からフリーランスになりたい人に向けた、プログラミングの学習カリキュラムの作成、東京フリーランスのサロンの運営をしています。

その他にも、フリーランスの方に仕事紹介をしたり、フリーランス活動のサポートになるような情報提供をしています。

── エンジニアの枠を飛び越え、いろんなお仕事をされていますね。

ショーへー:
でも今言ったような新しい仕事も、さっきのお話にあったように、結局は一つの仕事が新しい仕事を呼び込んでいることに変わりはなくて。

帰国してからまず取り掛かったのは、プログラミング学習カリキュラム「30daysトライアル」の作成でした。合計90日の学習で月10万円くらいは稼げるようになる教材を作ったんですけど。

それをリリースできたおかげで、東京フリーランスのサロンが3,300人くらいの規模になったんです。それと並行して、YouTubeチャンネルもはじめ、半年間で登録者数が1万4千人くらいまでになりました。

── すごい。

ショーへー:
今度はそれが実績になって、SNSマーケティングの仕事が来るようになって、という感じ。なので、やっぱり一つ一つ実績を作って、そこに新しい仕事がやってきて、なんですよね。

── 一つ一つをしっかり形にすることで新しい仕事が来るというのは、エンジニアの領域に限らない。ここまでのお話、全てはエンジニアにジョブチェンジしたことから始まっているのですが、ショーへーさんにとってプログラミングはどんなスキルでしょう?

ショーへー:
僕はプログラミング、すごくできる人ってわけではなくて。すごい人がレベル100なら、僕はたぶんレベル3くらい。

だけど、プログラミングスキルを身につけていなかったら、僕はフリーランスという生き方を実践していなかったかもしれないし、その良さも気づかなかったかもしれない。また、今みたいに、自分だけじゃなく誰かのより良い生き方や働き方を考えることもしなかったかもしれない。

4年前は全然予想していませんでしたからね、自分がこんなことをしているの。

── ぜんぶ、プログラミングから始まりましたね。

ショーへー:
心地よい働き方や身につけて武器になるスキルって人それぞれ。だから、フリーランスもプログラミングも礼賛したいわけじゃないんです。

でも、こと僕の話で言ったら、プログラミングは人生を変えてくれたものだと思っています。

インタビューした感想

自分が胸を張れるくらいスキルを一つ磨くことで、新しい仕事、新しい道が開ける。

ショーへーさんの仕事の作り方のお話は、エンジニアを目指す人だけでなく、どんなスキルに挑戦しようとする人にも届けたい言葉に溢れていました。

今は心地よい働き方やライフスタイルを発信したい、と考えているショーへーさん。今後、どんなふうにショーへーさんのお仕事が広がっていくのか、私も未知ですが、きっと根本は一つ一つ丁寧に、クオリティ高くの意識は、一貫されているんじゃないかと思います。