新しいジャンルへの挑戦が、音楽家としての道をより自由にした|クラリネット奏者・安藤綾花

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クラリネット奏者であり、吹奏楽部や個人の指導も行う音楽家の安藤 綾花(あんどう あやか)さんは、幼少の頃からずっと音楽の世界で生きてきました。

高校生時代の安藤さんの将来の夢は、オーケストラの楽団員に入ってクラシック音楽を演奏すること。

オーケストラの楽団員とは、楽団に所属しながら演奏活動をするプロの音楽家のことで、楽団員になると一般企業の会社員のように毎月固定のお給料をもらえます。

けれども安藤さんは音楽大学を卒業してから今日まで、フリーランスとして音楽活動を続けています。

楽団に所属しながら、個人でコンサートを企画したり、イベントに出演したりと奏者としての活動はもちろん、吹奏楽部や個人の指導面でもご活動をされているのです。

「音楽が好き」

その気持ちだけは子どもの頃からずっと変わらない安藤さんですが、「では、その音楽とどうやって関わって生きていく?」という具体的な部分については、音楽人生の中で少しずつ考え方の変化を経てきました。

安藤綾花さんインタビュー


インタビューした日:2018年9月17日(月)

プロ・アマ問わず、みんな自分の音楽を持っている

── 安藤さんの現在のご活動を教えてください。

安藤:
今音楽家としては、演奏と指導の二つの軸で活動をしています。

演奏は、音楽鑑賞教室や依頼されたコンサートやライブへの出演、テレビやゲーム音楽などのレコーディングへの参加、自分でコンサートを企画したりもしています。

今年の夏は、アメリカのシアトルではじめて単独公演させていただきました。

それとJICAの広報になっている吹奏楽団というのがあって、最近はそこの団員としても活動しています。

クラリネット奏者4人でグループも組んでいて、先日台湾でも公演をしてきました。

── 幅広く演奏活動をされているのですね。指導面ではそのようなご活動をされているのですか?

安藤:
個人レッスンと、吹奏楽部の指導をしています。それと、戸塚高校の音楽コースの非常勤講師を週に1度担当させてもらっています。

私はクラリネット奏者なので、個人レッスンではクラリネットを教えています。老若男女問わずレッスンさせていただいているのですけど。最近は、ブログからのお問い合わせが多いですね。

吹奏楽部のレッスンは、放課後部活をやっているところに赴いてクラリネットの指導をしたりとか、たまに指揮者の側に立って全体を見たりもしています。

吹奏楽部は夏場はコンクールが多いので、学生さんもだけど私も忙しくなりますね(笑)。けっこう夏休み期間は朝から晩までぶっ通しで練習するところも多いのですけど、私はそれはあんまり意味がないんじゃないかと思っていて。だから午前中だけレッスンにして、あとは自由にしてもらったり。

── レッスン漬けにしないのはどうしてですか?

安藤:
私も音楽をやりながら気づいたことなんですけど、教えてもらったことを「自分なりに消化する」ということが何より大切だと思うからです。

それは吹奏楽部だけでなく個人レッスンでも、生徒さんには自分で考えてほしくて。

「音楽ってなんだろう?」白とか黒とかはっきりしたものではなくて、本当はみんなそれぞれ自分の音楽っていうものをアマチュア・プロ問わず持っていて。

── 自分の音楽を持っている。

安藤:
誰でも。

でも学生さんの中には、なんとなく自分の音楽っていうのがあるんだけど、そもそもそれをうまく言葉にできないとか、音に表せないとかモヤモヤしている子がたくさんいて。

だから先生に言ってもらった方がラクなんです。教える側もそっちの方が導きたい方向に持っていけてラクかもしれない。

けどそれって、音楽の楽しさっていう部分が削がれている気がしています。やっぱり自分の音楽を表現できる方が、楽器を演奏するのが楽しいと私は信じているので。

なので指導をするときは、「こういうふうに考えていったらいいんじゃないかな?」とアドバイスはしつつ、その子が何か思いついたら「じゃあ一緒にやってみよう!」というスタンスで向き合っています。

私自身もそうやって一緒に音楽を探していく行為が好きなのでしょうね。

クラリネットとの出会い

── 安藤さんと音楽の出会いを教えてください。

安藤:
いちばん最初に音楽を始めたのは、3歳の頃。ピアノとエレクトーンを習い始めて、小学生の頃からは週に2回レッスンに通っていた記憶があります。

そのときの気持ちはあんまり覚えていないんですけど、他の習い事、バレエとかスイミングとかはすぐに辞めちゃったけどピアノとエレクトーンは続けていたんですよね。他に好きなこともなかったし、できることもなかったからかなぁ。

── 今プロとして演奏されているクラリネットに触れたのは、何がきっかけだったのですか?

安藤:
クラリネットに触れたのは、中学で吹奏楽部に入ったことがきっかけでした。

吹奏楽部に入ったのは、音楽系の部活がいいなと思って入部したのですけど、そのとき私はサックスがやりたかったんです。それも、「サックスしか知らなかった」という理由からなんですけど(笑)。

それでサックスをずっと練習していたのですけど、新入生のサックス希望者が多くて「安藤はバスクラリネットで」ということに。

── それは安藤さんとしては、どんな気持ちでしたか?

安藤:
バスクラリネットって、ふつうのクラリネットより大きくて、ちょっとサックスと似ているんです。それと、サックスとクラリネットは吹き口の仕組みが一緒なので、クラリネットで苦労することもなく。

だからクラリネットが自分に回ってきたときは、「サックスと似ているしいっか」くらいの気持ちでした。

たぶん、音楽が好きというのが根本にあるから、どんな楽器でも好きになって練習していたと思うんです。それがたまたまクラリネットだったわけで。高校に入学するときもどうしてもクラリネットがやりたい!というよりかは、吹奏楽が盛んな高校で音楽をやりたい、という気持ちがまずあって。

なのでクラリネットへの愛は、自分の音楽活動とともにどんどん深まっていったという感じです。

── では、安藤さんは高校でもクラリネットを?

安藤:
高校でも大学でもクラリネットです。

私、Twitterのアカウント名が「まつり」で、日常生活で呼ばれるあだ名もまつりなんですけど。その所以が高校時代にあって。

高校入学に合わせて、母が新しいクラリネットを買ってくれたんです。もともと、クラリネットとしてはそこまでのランクのものを3年間使っていたというのもあって、第一志望の公立の高校に合格したら新しいクラリネットを買ってくれるという約束を母としていて。

そのクラリネットは今も使っているのですけど。

── プロも使えるクラリネットを高校時代に。

安藤:
母は私の音楽活動に昔からとても協力的で、「どうせ音楽を続けるなら長く使えるものを」ということで、『フェスティバル』という機種のクラリネットを買ってくれました。

それは当時60万円くらいしたのですけど、高校入学時にフェスティバルを持っている子なんて珍しかったから教えにきてくれた先生には「フェスティバルなのかよ」っていじられて。

高校の吹奏楽部は部員にあだ名をつける風習みたいなものもあったので、私はフェスティバルから由来して「まつり」があだ名に(笑)。

計画停電中にはカフェで生ライブ

── 安藤さんは学生時代はずっと音楽漬けの日々だったと想像しますが、バイトなどはされていましたか?

安藤:
高校生を卒業してから1年間浪人しているのですけど、その間にタリーズコーヒーでバイトをはじめました。

アルバイトをしながら音大に合格するための練習をするという日々を送っていて。

── バイトはどのような動機から?

安藤:
音大の受験費を自分で稼いだお金から捻出したいという気持ちと、浪人中の楽譜を買うためにはじめました。楽譜ってものによるんですけど、海外から買いつけないといけないものもあって、高いものだと一冊6,000〜7,000円するんです。

あとはバイトをはじめた動機としては、単純にカフェでバイトというのが憧れだったというのもありました。

そうそう、タリーズでバイトをはじめたことをきっかけに私はコーヒーが大好きになったんです。

── コーヒーですか。

安藤:
コーヒーアドバイザーという資格があることをタリーズのマネージャーから教えてもらって。その資格をとると、コーヒーの知識や美味しい淹れ方を学べるコーヒースクールが開けるんですよ。

それで、せっかくバイトをするんだったら資格も取ってみたいなと思って、コーヒーの勉強をはじめてみたんです。そうしたらそれまで知らなかったコーヒーのおもしろみにどんどんハマっていって。

── コーヒーのどんなところが魅力的だと思ったのでしょう?

安藤:
もともと、コーヒーは苦いものだと思っていて苦手だったのですけど。いろいろ飲み比べてみると、苦いコーヒーだけじゃなくていろんな味があることを知って。

あとは歴史とか生産者さんの活動を知ったりするうちに、コーヒー農家さんを応援したいなという気持ちにもなっていきました。コーヒーは味も周辺ストーリーも奥深くて、そこが魅力だと思います。

今ではコーヒーは自分で買い付けて、毎日豆を挽いているほどです。

── では、アメリカのシアトルでの公演も。

安藤:
うれしかったですね、コーヒーの街なので。

じつはシアトルの公演は、コーヒーが繋いでくれたご縁のおかげで実現したんです。

タリーズでのバイトは、コーヒーのおもしろさに気づけただけじゃなくて、そこでの人との出会いや接客経験も自分にとって財産だなと思います。

東日本大震災のときに、都市部は計画停電をしたじゃないですか。そのときに、タリーズでライブをさせていただいたことがあって。

── 計画停電中にライブを。

安藤:
ただBGMを消すんじゃなくて、そこで生演奏をしたらどうかな?と思って、提案したんです。電気もつかないから、そこはキャンドルで明かりを灯して。

ライブはすごく楽しかったです。劇団四季の稽古場の前にあるカフェで、音楽関係の常連さんもいたから実現できたことだったように思います。

音大時代、ジャズから広がった世界

── 安藤さんは、音大に入るときには既に「プロになりたい」という気持ちだったのでしょうか?

安藤:
そうですね、高校時代の時からぼんやりと。先輩や教えに来てくれる先生を見て、「自分も音大に入って、楽団に入って演奏しながら指導もしたりして・・・。」そういう人生がいいんだろうなと思っていたし、とりあえずオーケストラの楽団員になることしか考えていませんでした。

けっこう良くも悪くも優等生な性格で、音楽をプロとしてやっていくための正規ルートをずっと進んでいたのもあって、「音楽家としてはこうあるべき」というのが自分の中にあったんです。吹奏楽部を出て、音大に入って、クラシックを専攻して、オーケストラの楽団に入って、というふうな。

でも大学に入って私は、それまでずっと関心があったジャズをひっそりを勉強したんです。うちの大学はクラシックを重んじていたというのもあって、最初は先生にも言えずに勉強していました。

── ジャズを勉強して安藤さんの中に何か変化ありましたか?

安藤:
それまで私はクラシックしか学んでこなかったので、ジャズで学ぶことのひとつひとつがとても新鮮で。

自分が今まで信じていたことと逆のことをやらないといけなかったりもしたんですけど、それがすごく私をいろんなしがらみから解放したというか。

音楽にもいろんな要素があることを知って、それから自分の活動や将来の考え方についても自由になりました。それは音大を卒業してオーケストラプレーヤーになる、というそれまで描いていた道もひっくり返しちゃうくらいに。

今もまだジャズは勉強中なのでジャズプレーヤーとは到底名乗れないのですけど、でもジャズに触れたことによって音楽家として生きていく道はひとつじゃないんだ、という希望も持っています。

── では安藤さんは、卒業後はそのままフリーランスに?

安藤:
そうですね、今はフリーランス7年目です。

── お仕事はどうやってつくっていかれたのですか?

安藤:
音大生だと、大学在学中でもデパートでのコンサートとか音楽関係のイベントのお仕事ももらえたりするんです。あとは、吹奏楽部の指導の仕事もあります。

私の場合はそういう部分の大学時代からのつながりで、お仕事をつくっていきました。クラリネットの個人レッスンをはじめたのも、卒業してすぐでした。

── では、音大を出て楽団に入らない場合は、収入も人それぞれということなんですね。

安藤:
本当にそうで。月によって収入も違うし、忙しい時期も人によってバラバラだと思います。

けれど音大って、仕事のつくっていき方の知識を教えてくれる人はあまりいなくて。とにかく技術を磨くこと以外のことは、自分で体当たりして学ばないといけない環境が多いように感じています。

仕事のつくっていき方や、露出の仕方、フリーになったときの生計の立て方など、もっと在学中に教えてくれる環境になることを個人的には期待していますね。

誰かの日常の近くにあれるような音楽を

── 安藤さんはこの夏はじめてアメリカで単独公演をされたということでしたが、今後は、どのような音楽活動を続けていきたいと考えていますか?

安藤:
海外の公演を増やしたいという気持ちはありますね。あとは、誰かの日常の近くにあるような音楽をやりたいなという気持ちは、私のモットーとしてずっとあります。

── 誰かの日常の近くに。

安藤:
それを強く意識したのは、タリーズでの計画停電ライブや、アメリカに通ったからだと思うのですけど。

シアトルに単独公演にいく前から、じつはアメリカはなんども足を運んでいるんです。というのも、私はアメリカの音楽の在り方というのがすごく好きで。

もともとアメリカ人のクラシック作曲家が好きだというのもあって、勉強の意味も含めて音楽を聴くためだけにアメリカに行ったりもしていました。

── 観光はせず?

安藤:
ほとんどしないですね(笑)。

ミュージカルをみた後にそのままライブに行ったり。こんなに音楽漬けなのに、いくら夜があっても足りないってくらいで。

足を運ぶうちに気づいたのですけど、アメリカでは音楽がすごく自然に人々の日常の中に溶け込んでいるんですよね。

街中にもストリートミュージシャンがふつうにいて、みんな当たり前のようにお金を払うし、音楽はそんなに詳しくない人でも気分で歌い出したり、踊り出したり。

ひとりひとりが音楽の楽しみ方を自分なりに持っていて、それがすごく素敵だなって思ったんです。

── たしかに、街中でクラシックが聴けたら素敵だなぁ。

安藤:
そうそう。けれど、クラシックコンサートって言ったら、キチッとした格好でマナーを知っていないといけなくて、クラシックを知らない人はあまり楽しめない。というのが日本の現状な気がしていて。

もちろん私自身は既存のクラシックコンサートもすごく好きなんだけど、もっと音楽はそこまで詳しくないけど・・・という人も楽しめる演奏の在り方があると思っていて。

例えば、コーヒーを飲みながら音楽を聴ける機会をつくって、コーヒ好きな人に音楽も一緒に味わってもらうとか。誰でも気軽に聴きにいける値段と場所で演奏してみるとか。

私自身コーヒー以外にも好きなものはたくさんあるので、いろいろ掛け合わせてみたら、誰かの日常の近くにあれるような音楽をもっと生み出せるんじゃないかなと思っています。

なのでこれからは自身の技術の向上はもちろんなのですけど、音楽だけじゃなくて、音楽以外の興味関心も拾いながら活動を続けたいです。

インタビューした感想

「クラシックが本御所の環境でジャズを勉強していることは、自分の先生にすら言い出せなかった」と安藤さんは言いました。

けれども安藤さんは、「ジャズを勉強したことをきっかけに、それまでの音楽や進路の考え方がより自由になった」と笑います。

これらの言葉を受けて思うのは、自由というのはもしかしたらほんのちょっとの勇気の差で変わるものなのかもしれない、ということ。

新しいことをやってみたい、というときに不安や心配事を思い浮かべてついついためらってしまうことが私にもあります。

けれども、ほんのちょっと勇気を出してみれば、今より自由になれるかもしれない、もっと広い世界が待っているかもしれない。

そんな小さな希望を、音楽家・安藤さんからもらいました。

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この記事を書いた人

小山内 彩希

編集者・ライター。1995年生まれ、秋田県能代市出身。株式会社Wasei「灯台もと暮らし」編集部。野球しながら植物を育てています。

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