会社員をしながら劇団チーム「かるがも団地」を立ち上げた新卒社会人の胸の内

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社会人になって好きなことを続けるために、どんな選択肢があるでしょう?

「好きなことを仕事にする」
「好きなことを仕事にすることを諦め、趣味として活動する」

大きく分けてこの2択があると思います。では後者は、「好きなことを仕事にできない」ということになるのでしょうか?

いいえ、そんなことはありません。「趣味が高じて本業になった人」はいつの時代も存在します。だから、どんな形でも「続けること」こそが、きっと一番だいじなこと。

今回ノマド的節約術でインタビューした藤田恭輔さんも、所属や社会的属性が変わっても、好きなことを続けている人のひとり。

小学校の頃からずっと「演劇」をやってきた藤田さん。自分のキャリアと生活を考えたときに演劇とつながっていくために彼が出した答えは、小さな「劇団」を立ち上げることでした。

藤田さんインタビュー

インタビューした日:6月18日(土)

大学時代の演劇仲間と立ち上げた「かるがも団地」

── 自己紹介をお願いします。

藤田恭輔(以下、藤田):
1996年うまれ、秋田県出身です。新卒社会人で、写真関係の会社で営業の仕事をしています。

今年の春に大学を卒業したタイミングで、大学時代の演劇仲間ふたりと「かるがも団地」という劇団を立ち上げました。

12月に新宿で公演をやることが決まっていて、今は、その制作準備中です。

かるがも団地 第一回公演(2018年12月中旬)
/作・演出 藤田恭輔/新宿眼科画廊 スペースOにて

── 現在の収入は、会社のお給料ということになりますか?

藤田:
会社のお給料のみです。それを演劇活動に注ぎ込むというお金の使い方をしています。

── 普段は会社員をされているとのことですが、演劇の制作はいつ進めているのでしょう。

藤田:
基本的に土日です。

あとは、会社の始業時間がそんなに早くないので、朝の8時から10時近くまで脚本を書いたりしています。夜は遅くまで仕事なので、朝のできる時間に。

── かるがも団地では、藤田さんが脚本を書いているのですね。

藤田:
そうですね。他のふたりも文章をかける子と、舞台製作のスタッフをやっている子なので、「かるがも団地」という箱を使っていろんなことができると思っています。

かるがも団地はホームページを持っているんですけど。そこには演劇の情報だけじゃなくて、写真とか映像とか文章とかで、僕たちが日頃考えていることを発信しています。

そうしていろんな角度から興味を持ってくれた人が、劇場に足を運んでくれたらうれしいなと。間口はあえて広くていいと思っているんです。

── 写真は誰が撮って、発信するんですか?

藤田:
僕です。

演劇以外にも写真を撮ることや眺めることが好きで。大学では演劇サークルと写真のサークルに入っていました。

だから就職先も、写真関係の会社に就職することに決めました。

── 演劇関係の会社に就職することは、考えませんでしたか?

藤田:
演劇の会社って、今の日本では「劇団四季」くらいしかないんです。あとは、フリーでバイトしながらでもやるしかない。

── なるほど。演劇だけで生活していくのは、なかなか大変なのですね。

演劇と挫折

── そもそも、藤田さんと演劇の出会いはいつだったのでしょう?

藤田:
演劇と出会ったのは、小学校の頃です。

姉が、もともと地域の市民ミュージカルに登録していて。その流れで僕と弟も市民ミュージカルに出るようになりました。

姉と弟は、成長していくと興味関心が美術とか水泳に移って行ったんですけど、なぜか僕はずっと演劇が好きで。

気づいたらずっと続けていたという感じですかね。

── では、お小遣いやお年玉の使い道も、演劇関連のものに?

藤田:
それこそ、上京して演劇がたくさん観れる環境になってからは、公演に行くのにお金を使いました。

けれど、地元では自分が観たいような演劇はやっていなかったので、中高生の頃はお年玉で好きなCDとかを買ったくらいですね。

── 藤田さんは今、脚本も書かれているわけじゃないですか。演じる側から、制作側をやるようになったのはどうしてですか?

藤田:
自分がはじめて脚本を書いたのは、高校生の頃でした。

高校演劇って、顧問の先生が脚本を書くことが多いんです。僕の高校でも顧問の先生が脚本を書いたり、既存の部室にある脚本を元に演技をしていました。

僕はお話のジャンルで言うと、けっこうコメディみたいなおもしろおかしいのが好きで。けれど、うちの部活ではあんまりコメディは取り扱っていなかったんです。

その時から、自分で作っちゃったほうが自分のやりたい演劇ができることに薄々気づき始めました。けれど、思うだけで行動に移したわけではなくて。

藤田恭輔

── 実際に筆を取ろうと思ったのは、なにかきっかけがあったのでしょうか。

藤田:
練習のときに、すごくやりづらいセリフがあったんです。

それで顧問の先生に「セリフを変更したいです」と相談したところ、「セリフっていうのは、作者の言葉だから勝手に変えちゃいけない。勝手に変えたかったから、脚本家になりなさい」と言われて。

その言葉がきっかけで脚本を書こうと思いました。

── そして今でもこうして演劇を続けられて・・・一度でも「やめようかな」と思ったことはないのですか?

藤田:
やめると思ったことはないけれど、「演劇だけで食っていくのは大変そうだぞ」と思った経験はあります。

大学生の頃、もっと演劇を磨こうと思って、プロも輩出している学外のサークルに入ったんです。けれどすごく体育会系で、僕はついていけなくて折れちゃった。それがはじめての挫折だったと思います(笑)。

そのあとは、大学のサークルで細々と脚本から舞台演出、演技まで幅広く、けれども細々と活動していたんですけど。でもその挫折がきっかけで考えたんです。自分はファーストキャリアとして演劇でやっていくのか?って。

演劇を仕事にせず、会社員を選んだ理由

── 考えた末に、藤田さんはファーストキャリアとして写真関係のお仕事を選ばれたんですね。

藤田:
どうせ仕事をするなら、少しでも好きなことをしようかなって思って。

それと、自分の中に演劇を仕事にしていなくても演劇を続けているロールモデルがいたのも大きいですね。

── どんな方でしょう?

藤田:
畑澤聖悟さんという方で。その方は、高校演劇の大物なんです。

青森県の高校の先生なんですけど、普段は美術の教師で演劇部の顧問。そして、畑澤さんの高校の演劇部は何回も全国優勝しているような常勝校。

高校時代から、畑澤さんの存在は知っていました。

── すごい先生ですね。

藤田:
そう。でも畑澤さんがすごいのはそれだけじゃなくて、自分自身も劇団を持っているってところ。

劇団の構成員は普段は会社員をやっているような人たちなんだけど、年に一回ゴールデンウィークの一週間とか東京にきて、下北沢の小屋で演劇をやったりしているんです。

僕も高校の頃から畑澤さんの学校の演劇を観てきたし、下北沢の公演も行きました。

藤田恭輔

── 畑澤さんの演劇を観て、なにを思いましたか?

藤田:
おもしろいものってプロアマ関係ないんだってすごく思いました。

それと、普段は先生をやっているけれど、自分で劇団を持って東京に来て一週間もお芝居をやっている。

「こういう形で演劇を続ける方法もあるんだ」って、就活のタイミングで思い出したんです。

── それでご自身は会社員をやりながら、「かるがも団地」を動かしていこうという選択につながるわけですね。

藤田:
かるがも団地のメンバーも、自分とおなじように「演劇にまだ関わりたい」と強く思っているふたりを誘いました。

ひとりぼっちで始めるよりかは、大学のサークルで4年間一緒で信頼もあるふたりとやったほうが、心強かったというのもあります。

劇団も会社も「組織」だからこそ、会社員を選んでよかった

── 会社員を実際にやって見て、どうですか?

藤田:
変な言い方になっちゃうかもしれないけど、最初の2週間はいい意味で緊張していました。

── 緊張?

藤田:
大学時代は特別な活動とかもしていなかったから、関わる人がずっと自分のプラマイ4歳くらいの人だったんです。

それが社会人になった途端、急に50歳くらいの人たちとも関わるようになって。

なんだか、職員室にいるような気持ち(笑)。でも、それがまたいいっていうか。

── 緊張するけど、それがいいと思うんですね。

藤田:
ただ教えてもらうじゃなくて、その人たちと一緒に仕事をしないといけない。最初はすごく気疲れしたけど、よくよく考えたらすごくいい経験をしているなぁと思ったんです。

── 年代もバックボーンもバラバラな人たちと一緒にお仕事することが?

藤田:
そうですね。もし僕が大卒でいきなり、演劇一本でやるって決めていたとして。でもそのときに50代くらいの人に声をかけようと思えないと思うんですよね。

最初から「あの人たちとは年代もちがうし」「価値観が合わないかも」って怖がって避けるかもしれない。

でも仕事だとなると、否が応でもそういう人たちと接する機会があって、バイトじゃないからこその責任感も持てる。

── たしかに、強制力ってある種、その人の成長には必要なことかもしれませんね。

藤田:
接してみて合わない部分もあるかもしれないけど、でも30年、40年キャリアを積んだからこそ出てくる言葉とか考え方っていうのもあると思います。

正直、自分のファーストキャリアを演劇にぶっ込めていない状況を「腹をくくれていないのかな」って悩んだりもします。

でも僕自身は、ゆくゆくはもっとたくさんの人を巻き込んで演劇をやっていきたいと思っています。

劇団って会社とおなじくひとつの組織。自分がやっている仕事内容自体は演劇に直接関係ないかもしれないけど、社会人として基礎力やマナーを会社という組織で磨くことができるのは、僕にとってはとてもいい経験だと思っています。

かるがも団地をヴィレヴァンのような箱にしたい

── 演劇を通した、藤田さんのこれからの目標を教えてください。

藤田:
まずは、立ち上げたばかりの「かるがも団地」をたくさんの人に知ってほしいですね。そのために、積極的にネット空間とリアルの場のハイブリッドでプロモーションしていきたいと思っています。

── ハイブリッドで、というのはどうしてですか?

藤田:
今の駆け出しの劇団の売り方ってすごくアナログなんです。

それが悪いわけじゃないと思います、演劇ってやっぱり生ものなので。けれど、未だに身内に手売りでチケットを売るやり方だけが王道じゃなくていい気もしていて。

インターネットをうまく使える部分は使って、リアルの場も大切にしながら自分たちのことを好きになってもらえたらすごくいいなと。

そのためにまずは、最初にお話ししたとおり、メンバーの人柄とか頭の中が見えるコンテンツをかるがも団地のホームページ上にためていきたいなって思っています。

── 写真とか、文章とかをですよね。

藤田:
イメージは、ヴィレヴァンのような感じです。

── たしかに、ヴィレヴァンは本が軸ですけど、本以外のおもしろい商品であふれていますね。

藤田:
かるがも団地もヴィレヴァンのように、訪れてくれたひとがおもしろがってくれるような劇団になれたらいいなと思っています。

だから、「演劇を中心に、かるがも団地という箱を使っておもしろいことをする」これがひとつ大きな軸となっていくと考えています。

── かるがも団地をたくさんの人に知ってもらう、そしてゆくゆくは大きな劇場で公演することを目指すにあたって、どんなふうにお金を使っていきたいですか?

藤田:
かるがも団地の演劇と発信がおもしろくなるために掛かるお金は、コンテンツ代だと思って惜しみなく使いたいと思っています。

それとやっぱり、自分たちの活動に少しでも興味を持ってくれる人と、関係性をつくっていくためにお金を使っていきたいです。

藤田恭輔

インタビューした感想

インタビュー中、「演劇に対する気持ちは好きなのか執着なのかわからない」と藤田さんは笑っていました。

会社員を選択し、かるがも団地の立ち上げを決断できたのは、畑澤さんの存在や一緒にやってくれる仲間がいたから、と謙虚な言葉を零す藤田さん。

けれどもやっぱりいちばんは、演劇に対する強い想いが、いつも彼に行動する勇気を与えてきたんじゃないかと感じました。

好きなことで挫折したり、好きなことを仕事にするか迷ったりすることは誰にでもあると思います。その道で大成するのは一握りだとしても、続ける方法というのは、いくらでも考えられるものなのだと藤田さんのお話を聞いて思いました。

そして、人々の記憶に残るのはいつも、続けた人なのではないか、とも。

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この記事を書いた人

小山内 彩希

編集者・ライター。1995年生まれ、秋田県能代市出身。株式会社Wasei「灯台もと暮らし」編集部。野球しながら植物を育てています。

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