「才能がないという理由で楽器をやめてしまう人を減らしたい」管楽器コーチ・権左勇一

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楽器のコーチというと、どんな仕事か想像つきますか?

権左勇一さんはフリーランスの管楽器コーチで、ツイッターやブログからの集客に成功しています。

権左さん1

権左さん2

権左さんのレッスンは、単に技術的に楽器の吹き方を教えるだけではなく、楽器と向き合うときの気持ちを整えたり、演奏に関する考え方まで、教えていくもの。

最初は弱気に、少し安めの価格設定でレッスンをしていましたが、あるとき思い切って価格を上げたところ、自分の満足感も、お客さんの納得感も上がったそうです。

お話を聞いて思ったのは、楽しく仕事をする環境は、自分の意識やお金に対する考え方の変化によって、整えることのできるものなんだということ。

明るい笑顔で「挫折の多い人生だったんです」「音楽や楽器の演奏を楽しむ人をもっと増やしたい」と語る権左さんが、どのようにして仕事を楽しめるようになっていったのか、お聞きしました。

管楽器コーチ権左勇一さんインタビュー

インタビュー日:2018年2月6日(火)

権左さん2-1

努力や才能以外にも、上達する方法があると伝えたい

── まず、今どんなことをやっているのか、おうかがいしたいです。

権左:
フリーランスの音楽家として、主に管楽器の個人レッスンをしつつ、演奏活動もしています。

レッスンを受けてくれる方を募集する手段としてブログやツイッターを活用していて、これは音楽家の中では珍しいやり方だと思います。

── 権左さんのレッスンではどんなことをするんでしょうか?

権左:
楽器の吹き方を教えるのはもちろんなんですが、それだけではなくて「なぜそれをやるのか」といった考え方も伝えていきます。

表面的に「ここをこうすればよくなるよ」とだけ伝えると、レッスン中は改善されるかもしれませんが、その後にまた元の吹き方に戻ってしまうことがよくあります。

ですから僕のレッスンでは、言われたことをただやるのではなく、生徒さん自身に自分で考える力を持って演奏してもらうことを大切にしています。

── やり方だけでなく、気持ちや考え方も整えてあげるんですね。今の形のレッスンをするようになったのは、何かきっかけがあるんですか?

権左:
音楽や楽器の業界は努力や才能がものを言う世界だと思っている人は多いし、僕も昔はそう思っていたんですけど、「そういう面ばかりではないな」と思えるようになったからだと思います。

自分の考え方によって本来はできる能力があるのにできなくなってしまったり、その逆もあったりします。もちろん努力も必要だし、才能はあるに越したことはないけど、「それ以外にも上達する方法はあるよ」って伝えたいです。

たとえば「楽器をやめる」となったときに、「自分の才能がないから」「努力不足だから」という理由でやめる人が減るといいなと思っています。

自分もそういう経験をしているからこそ、せっかく音楽に出会えたのに「夢破れてやめる」ということになってしまうのは悲しいなと思うんです。

日本の音楽業界って、最初からできちゃう人や、奏法で大きく悩んだ経験が少ない人が多く活躍している世界です。

それはそれで素晴らしいことですが、そういう人が、自分が悩んだことのない点で悩んでいる人のレッスンをすると「練習が足りない」「向いてない」と言ってしまうことが多くて。

でも、仕組みや方法をその人にわかるように伝えるとか、考え方を知ってもらうとか、もっとできることがあるんじゃないかな、と。

プロでもアマチュアでも、音楽を純粋に楽しめる人がもっと増えていくといいなと思っています。

権左さん2-2

中学時代にホルンを始め、音大へ

── 楽器を始めたのはいつからですか?

権左:
中学で吹奏楽部に入ってからです。もともと卓球部に入るか吹奏楽部に入るかを迷っていたくらいだったので、最初は全然「音楽やるぞ」っていう感じではなかったんです。

試しにちょっとホルンを吹いてみたら、先輩にすごく褒められて、嬉しくなって吹奏楽部に入っちゃったんです。でも、入ってみたらすごく大変な部活でした。全国大会にも行くような中学で。

── 「ホルンを吹くのにハマって、楽器で食っていこうと思った」みたいな感じじゃないんですね……。

権左:
あっ、そうそう。そういう「情熱的に楽器にのめりこんだ」みたいな時期って、ずっとないです(笑)。

── そうなんですか!

権左:
そのままの流れで高校も吹奏楽部に入り、ホルンを担当していました。

── ・・・大学も音大ですよね?

権左:
そうです。

── 音大って、音楽が好きで、才能がある人しか入れないイメージです。

権左:
周りはそういう人たちばかりでした。みんな音楽を選んできているし、意識も高くて。僕は楽器しかやってきてなかったので、「まあ、音大に行こうかな」みたいな感じだったんです。

受験勉強を始めるのが遅かったので浪人する前提で考えていたんですが、たまたまその年は受験者数が少ないこともあって、運よく入れちゃったんです。

だから、なんとなくきちゃってるんですよね。ずっと。

アルバイト禁止と先輩に言われてしまった音大時代

── 音大時代は、アルバイトしていましたか?

権左:
もともと親からは「私立に行くお金はないからね」と言われていました。

結果的に奨学金をもらって私立に行くことになってしまったので、親からは「学費以外のお金は自分でなんとかしなさい」と言われていて。

ただ、大学の先輩から「1年生のうちは、バイトはダメだよ」と言われてしまって・・・。

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── えっ。

権左:
音大生はお金持ちの家庭が多くて、仕送りだけで生活できちゃう人が多いので、バイトをせずに音楽だけに集中できる人が多いんです。

でも、僕はバイトをしないと生きていけない状況だったので(笑)、先輩には無理を言って、バイトを始めました。

生活をするためだったので、何か欲しいモノがあったとか、やりたいことがあってお金を稼ぐのではなく、必要に迫られて稼ぐという感じです。

── じゃあ、当時お金をパーッと使ったりとか、高い買い物をするために貯めたりといった経験はないですか?

権左:
そうですね。楽器を購入するのにローンを組んでいて、その返済もありましたし。行き先が決まっているお金を稼いでいた感じです。

卒業後、アルバイトをしながら音楽の仕事をする

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── 大学を卒業してからは、何のお仕事をされていたんですか?

権左:
卒業してからの5年間は、フリーランスで音楽家の仕事をしながら、アルバイトを掛け持ちしていました。

音楽をやっている人で、大学卒業後にアルバイトをしながら活動している人はすごくたくさんいて、僕もその中のひとりという感じです。

フリーランスの音楽家の仕事って、演奏の仕事やレッスンの仕事など、いろんな種類があるんです。僕の場合は中学校の部活の指導とか、レッスンの仕事が多かったんですね。

── その頃からレッスンのお仕事をされていたんですね。

権左:
はい。でも、演奏でお金をもらっている人からは「演奏の仕事がないからレッスンをしているんだよね」と見られることが多いんです。

コネのために人間関係をつくるとか、音楽家の中での上下関係も辛かったですね・・・。

でも、僕はずっと音楽だけをやってきたので他にできることもないし、「これでやっていくしかない」と思っていました。

── 昼間に音楽家としての仕事をして、夜はアルバイトをして、という感じですか?

権左:
そうですね。当時はもう疲れ切ってました・・・。

そんな生活の中、あるコンクールの二次予選で得意な部分を演奏しているときに、めちゃくちゃ手が震え出してしまって、うまく演奏できなかったことがあって。

当然、三次予選には進めなくて、落ち込みました。

そんなときに、当時のバイト先だった飲食店の人から「うちに来てくれたら、めっちゃ助かるよ」って声をかけてもらったんです。

落ち込んでいたタイミングだったこともあって「もう、音楽をやめよう」と思って、そこで社員として働くことにしました。

飲食店に就職するも、1年で再び音楽の道へ

── 固定給でお仕事をするのは、人生で初めてということですよね。お金に対する価値観に何か変化はありましたか?

権左:
毎月決まったお金をもらえるようにはなりましたが、労働に対して見合ってないなと感じていました。仕事もすごくきつかったし、帰ったら寝るだけの生活みたいな。でも、ここでやっていくって決めたし、こうやってすり減って生きていくのかなと思っていました。

── どれぐらいの間、そこで働いていたんですか?

権左:
1年くらいです。大変だったし、全然仕事ができなくて、上司にも「このままじゃだめだぞ」って言われていて・・・。

どうすればいいのか悩んでいたときに、お世話になっていた音楽家の方の訃報が届きました。

仕事に行く準備までしていたのに、急に心臓発作で・・・。そうやって、亡くなる直前まで「演奏したい」と思っていたのに、できなくなっちゃった人がいる。

その経験があって、自分は今働いているけれども、少しでも「音楽をしたい」という気持ちがあるのなら、もう一回やろうかなってまた思えて。

仕事から逃げたのかもしれないけど、そうして、もう一度音楽をやることにしました。

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ブログやSNSで発信して「昔の自分のような人」に届ける

── 再びフリーランスになってからの仕事内容は、就職前と何か変わりましたか。

権左:
そうですね。それまでは必要に迫られて稼ぐという仕事の仕方だったんですが、今までと同じではダメだと思い、やり方を変えたんです。

何の仕事をしていこうと考えたときに、一番好きだったレッスンを主な仕事にしたいなと思って。

音楽家にとって「演奏の仕事がないときにレッスンをする」という雰囲気があるけれども、レッスンを主な仕事にしていく人がいてもいいんじゃないかなと思いました。

── そこから、ブログやツイッターで発信を始めるんですか?

権左:
はい。「どうやってレッスンの仕事をしていこうかな」と思っていたときに、恩師から「ブログを始めてみたら?」と言われたんです。

仕事もないし、このままじゃ音楽人生どうにもならないし、とりあえず書いてみようと思って。「せっかく書くのなら、昔の自分のような人が読んだら役に立つことを書きたいな」と考えました。

── 昔の自分のような人、というと?

権左:
僕、中学から音楽をやってきた中で、何度も挫折しているんです。

うまく吹けなくて、本番直前に先生から「お前、そこ吹かなくていいから」と言われたこともあるし、高校では部長になったんですけど、全然チームをまとめられなくて。

一度就職したのも、音楽から逃げたみたいなものでした。

ブログやツイッターで自分の経験を書いていくうちに、見てくれる人がだんだん増えていって、SNSでシェアされるようになりました。

その後、レッスンの依頼や、吹奏楽専門情報誌への寄稿などのお仕事にもつながるようになりました。

── ネットを見て、決して安い金額ではない個人レッスンにお客さんが申し込んでくれるって、本当にすごいなって思います。

権左:
ありがとうございます。届けたい人に届けるために、どうしたらよいのかは常々考えています。

自分に置き換えて考えてみても、ネットで知った人のレッスンに行くってすごく敷居が高いと思うので、来てくださるのは本当にありがたいですね。

自分で値段を決めて、納得感を持って働く

── 今のご自身の働き方、お金の稼ぎ方には満足されていますか。

権左:
「出張レッスン」としてツイッターで告知すると、行く先々でレッスンの申し込みがあります。自分で仕事をつくっていけるって幸せなことだと思っています。

固定給の頃よりも収入の波はありますけど、自分で値段を決められるし、精神的な安定感や納得感を持って働けていると感じてます。

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── 自分で値段を決めるからこそ、納得感を持って働ける。

権左:
そうですね。最初はレッスンの値段を安く設定していたんですが、それだとレッスンをたくさんこなす必要があります。

他と比較して安ければお客さんはたくさん来るかもしれないけれど、僕がやろうとしているオーダーメイドなレッスンスタイルにそれは合わなかったし、そもそもそんなに人数をこなせるものではないことに気付いたんです。

だから、業界の相場で考えるのではなくて、自分自身が納得できる値段をつけるようになりました。

そうしたら、「レッスンを受ける価値がある」と思ってくれる人が申し込んでくれるようになって、ミスマッチも減ったし、納得感を持って仕事ができるようになりました。

── 今後どのように仕事をしていきたいとか、理想像はありますか?

権左:
フリーランスの音楽家といっても、いろんな生き方があるんだと知ってもらえたらいいなと思います。

音楽をやっている人はお金の話をしたがらないですし、もともと裕福な人も多いから、考えたことがない人も多いと思います。

でも、やっぱり仕事としてやる以上は、お金のことも大事です。これから音楽を仕事にしたい人のためにも、そういう部分も含めて伝えていきたいです。

あとは、まだまだ演奏の仕事と比べて、レッスンは誰でもできる仕事として扱われているように感じます。

レッスンの仕事は本来とても専門性の高いものですし、音楽の裾野を広げる大事な仕事です。

レッスンを通じて立ち直ったり、さらに上を目指せるようになる人だっているんです。

だからちゃんとリスペクトされて、価値を認められる仕事になったらいいなと思っていて。そうなるように、今後も活動していきたいです。

【編集後記】インタビューした感想

権左さん宣伝用写真

音楽家をやめて一度会社員として働いたときに「こうやってすり減って生きていくのかな」と思ったという権左さん。

今では自分で仕事をつくれる幸せを感じつつ、内容にも金額面にも納得できる仕事ができているそうです。

まずは、自分が納得して働くことが大切。

納得感を得るために、考えて、実行する。

権左さんのような考え方は、音楽を仕事にしたい人だけでなく、働くすべての人にとって大切な考え方なのではないかと感じたインタビューでした。

参考:権左勇一さんのホームページ「GONLOG」
参考:権左勇一さんのツイッター

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この記事を書いた人

くいしん

フリーの編集・ライター・PR。「灯台もと暮らし」編集部。1985年、神奈川県小田原市生まれ。高校卒業後、レコード店員、音楽雑誌編集者、webディレクター、web編集者を経て、個人事業主に。主にカルチャー、音楽、生き方、働き方、ローカル、暮らし、メディアについて執筆。

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