熱海時代の生活費は5万!鳥取にあるブックカフェ「ホンバコ」のりょうかんさんが語る理想の生き方

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鳥取駅近くにある、ブックカフェ「ホンバコ」。そのオーナーが、今回お話をうかがったりょうかんさんです。

ホンバコ外観

ホンバコ一階

ホンバコは、その名の通り、店内に“本箱”がたくさん置かれた、とってもコンセプチュアルなブックカフェ。

各本箱は、オーナー制となっており、「◯◯さんが好きな本を読みたい」と思ったら、手に取って読むことができます。

小説はもちろん、ビジネス書や漫画や雑誌、様々な本を手に取ることができるんです。

本棚1

本棚2

本棚3

りょうかんさんは、小学生の頃からたくさん読書をしていて、月刊貸出冊数が学年で1位か2位だったそう。

そんなブックカフェオーナーらしいエピソードと共に語られたのは、旅の話。

ホンバコを始める前に旅に出た際は、車を売ってつくった10万円だけで、8ヶ月間を過ごしたそうです。

広島の大学で化学を学んでいたけれど、その道に進むことは選ばず、「まちづくり」に興味を持ったりょうかんさんは、熱海へと向かいます。

熱海時代の生活費は、なんと5万円。

お店と共にブログに力を入れる理由や、理想の生き方についても、お聞きしました。

りょうかんさんインタビュー

インタビュー日:2017年9月24日(日)

りょうかんさんアイキャッチ

ホンバコをオープンするまでのストーリー

── 鳥取市内でホンバコをオープンするまでに、りょうかんさんが、どんな人生を歩んできたのか聞いてもよいでしょうか。

りょうかん:
最初に自分の思う道へ進みだしたのは、ホント、直感なんですけど。

僕は広島の大学で、化学工学を専攻してました。でも、学んでいることを仕事にしたいかと考えたときに、ぴんと来なくて。

自分は何がしたいのかなっていろいろ考えてるときに、ふと浮かんできたのが「まちづくり」という分野でした。

それで、ネットで見つけた熱海のNPO法人「atamista(アタミスタ)」でインターンとして修行することにしました。温泉が好きなので、「熱海いいなぁ、おもしろそうだな」と思って(笑)。

最初はインターンとか関係なく、遊びに行ったんです。

── そこからインターンとして応募したんですか?

りょうかん:
遊びに行ったときに、atamistaが運営していた「CAFE RoCA(カフェロカ)」っていうカフェに行って。たまたま、代表の市来さんがいらっしゃったので。「ここに来たいです」って、話して。

── えっ、もうそこでいきなりですか?

りょうかん:
いきなりそこで相談しちゃいましたね(笑)。

代表の市来さんに惹かれ、熱海のNPO法人「atamista(アタミスタ)」へ

── それまでは熱海に行ったことなかったんですか?

りょうかん:
そのとき初めてでした。東京の近くなんだろうなって思っていたので、来てみたら意外に遠くて驚きました(笑)。

atamistaは、今でこそリノベーションによるまちづくりによる活動に注目が集まっていますけど、当時はこんな仕掛けをやったらおもしろいんじゃないかって町に提案している段階だったんです。

まちづくりというと、建築やリノベーションに関わる人がやっているイメージが強いですが、代表の市来広一郎さんは、建築出身ではなく大学時代は物理学専攻の方。

そんな建築に関係ない理系の方が、なんでまちづくりをやってるんだろうって思って。

近くで学ばせてもらいたいなぁという気持ちもあり、市来さんに惹かれて、熱海に行ったというのは大きいかもしれません。

熱海時代について語るりょうかんさん

熱海時代の生活費は5万円

── 熱海にいた頃は、経済的にはどういう状況だったんでしょう?

りょうかん:
正直、本当にお金がなかったです。一ヶ月の活動支援金が5万円でした(笑)。

── 5万円! どうやって生活を成り立たせていたんですか。

りょうかん:
まず家は、ツテを辿って山の上の一軒家を見つけ、家賃2万円を、当時の同期インターン生4人でシェアして住んでて。なので、ひとり5000円。

そして、残り4万5000円で、食費等をやりくりして、生きていましたね(笑)。

── それこそ(地元である)鳥取に帰れないですよね?

りょうかん:
はい(笑)。まあ1年間の期間限定だったのでそもそも帰る予定もほとんどなかったので。

インターン生4人のうち僕以外女の子っていう、すごいシェアハウスで、ハードだけど、楽しい日々を過ごしていました。

あとは、熱海で活動してインターン生として知り合いが増えていった中で、やっぱり地元の人によくしてもらえて。

みんなお金がないのを知ってるので、飲みに連れて行ってくれたりしました。

── あー、なるほど。

りょうかん:
特に男のインターン生がひとりだったので。女の子はなかなか誘いづらいということで、「お前ひとりで行こう」って誘ってもらえて。

その頃、人に頼ることを覚えました(笑)。

りょうかんさん2

おこづかいの金額で母と揉めて家出した高校時代

── ちょっと時代をさかのぼりたいのですが、小学生から高校生の頃、おこづかいをどんなふうに使っていたか覚えてますか?

りょうかん:
使い方はあんまり覚えてないですが、親に対しておこづかいを増やしてくれっていうデモをしたのは覚えています(笑)。

── へえー!(笑)。

りょうかん:
家出をしまして。

── いくつの頃ですか?

りょうかん:
えーと、高校1年生のときですね(笑)。

── 高校生で家出は、ちゃんとした家出ですね。

りょうかん:
4日間くらい家に帰らず、事情を親から聞いていた先生に心配され、プチ面談をしたのち、先生に連れられて家に帰りました(笑)。

── 友達の家にいたんですか?

りょうかん:
いや、部室に寝泊まりしました。

── 部室!? 学校ってなかなか泊まれないですよね?

りょうかん:
はい。でも、部活の先輩の中にも部室に泊まっていた方がいたらしく、寝袋とかが置いてあったので行けるかなと。

でも初日、警察来ましたね(笑)。見回りなんだと思うんですけど。必死に電気を消したりして隠れてました。

りょうかんさんとくいしん

── それは、やりたいことというか、買いたいものがあったから、おこづかいを増やしてくれっていう話ですか?

りょうかん:
えーっと・・・たしか、おこづかいが当時、月に3000円だったんです。

── 月3000円。

りょうかん:
で、別にそんな買うものもなかったので、よかったんですけど。ある時から、お昼ご飯を自分で買って食べてくれ的な流れになってきたんです。でも、「それは無理だ」みたいな(笑)。

── そうですよね。ひと月って30日くらいあるわけですからね。

りょうかん:
最初はお弁当をつくってくれていたんですけど、今覚えば、お母さんも忙しくて疲れていた時期だったんだと思います。

でも「お昼代は、おこづかいから出して」って言われて。「それはなくない!?」ってなって、口論になってしまって「もう出て行くー!」って言って、出て行ったんです(笑)。

── 戻ってきて、おこづかいの金額は上がったんですか?

りょうかん:
一応(笑)、5000円になりました。

笑うりょうかんさん

ネットでの情報発信をやるようになったきっかけ

── 今は、お店だけじゃなくて、ブログでの情報発信も積極的にされていますが、ネットはもともと好きだったんですか?

りょうかん:

好きという認識はなかったですが、苦手ではなかったと思います。

情報発信をし始めたのは、atamistaのときに、WordPressでホームページを2つほどつくったことがきっかけです。

まったくウェブの知識なんかなかったんですけど、市来さんの無茶ぶりで「つくっといて」って(笑)。

そこでWordPressやコーディングを、ちょっとだけですけど、自分で勉強してつくってみて。

── すごい気合いですね(笑)。

りょうかん:
そのあと、僕がインターンを終えてからたくさん修正が入ってましたけどね(笑)。

最近になって自分のブログに力を入れて更新し始めてるのは「外貨を稼げる」というところが大きくて。

熱海時代からまちづくりの分野に入って、稼ぐことから目を背けちゃいけないなっていうのはすごく感じていたんです。

結局、まちを変えようと思ったときに経済が回らないと意味がないということのは、わかってるようでわかってなかった。

そんな中で、今、鳥取駅の近くでホンバコをやっていて、鳥取の場合、みなさんまずは鳥取砂丘に行くので、駅前に観光客がたくさん来てくれるわけではないんです。

そうやって考えたときに、このエリアに対して外の地域からお金を稼ぐということと、きちんと向き合ってやらないといけないと思っています。

りょうかんさん4

いつだって、どうなるかわからない

── 今はお店をやりつつ、ブログにも力を入れている中で、今後の理想について考えたりしますか?

りょうかん:
僕は、いろんな選択肢を持った上で「今のベストはここだよな」って考えて選択したいんです。

だからこの先、必ずしも鳥取に住み続けるとも限らないし、旅をしながら仕事をするような働き方を選ぶかもしれないし、「どうなるかわかんないな」という気持ちは常に頭の中にありますね。

── なるほど。「鳥取にずっといて、何がなんでもお店を続ける!」みたいな気持ちではないという。柔軟に、今、楽しいと思えることをしたいんですね。

りょうかん:
ですね。理想を言えば、ホンバコで働く人も「今の自分のベストの生き方・働き方」を選んでほしいなって思っていて。仕組みとしては場をつくるけど、誰かに依存して運営していくのは、ほんとの理想じゃない

今は、キッチンスタッフの野々上がすごくがんばってくれているおかげでホンバコは回っています。

それこそ彼女が自分のお店を持ちたいと思ったときには、いつでも「いいよ」って言える環境を用意したいとは思っているんですけどね。

今は、どうやったらその理想形に近づくことができるのか考えてます。

【編集後記】インタビューした感想

ホンバコ外観2

熱海時代や旅をしていた頃は、決してお金がたくさんあったわけではないりょうかんさん。熱海にいた時代は「生活費が5万円だった」と最初に聞いた瞬間は、「えっ、そんなこと可能なの?」と純粋に思ってしまいました。

現在は、好きな本に囲まれて、ブックカフェのオーナー。

「好きなものに囲まれて、好きな仕事をしている夢を叶えた人」

見る人によっては、そんなふうに思うこともできるかもしれません。

でも、りょうかさんは現状に満足せず、自分の理想を追い求めています。ブログでの情報発信に力を入れているのは、その証拠。

ホンバコは、りょうかんさんに会いに、また訪れたくなるブックカフェでした。鳥取にお立ち寄りの際は、ぜひお店に寄ってみてください。

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りょうかんさんのブログはこちら

参考:りょうかんのつぶやき

りょうかんさんのツイッターアカウントはこちら

参考:りょうかん

りょうかんさんのVALUアカウントはこちら

参考:りょうかん

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この記事を書いた人

くいしん

編集者。株式会社Wasei。灯台もと暮らし編集部。1985年、神奈川県小田原市生まれ。主に地域、暮らし、メディア、音楽、生き方、働き方について執筆、編集。

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