クラブ遊びやヒッピー文化に浸かった僕に、旅と100万円の借金が教えてくれたこと | 作家・芹澤東洋

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僕、お金に対する価値観が変わった大きな出来事が、人生で3回あるんです

そう、芹澤東洋さんは話し始めました。

大学在学中にタイ、ラオス、カンボジアへ一人旅をし、その旅をきっかけに生き方が大きく変わっていったという芹澤さん。

実は100万円の借金をしていたとのことですが、最近はようやくそれらをすべて返済し終えたそう。

インタビュー当日は、「価値観が変わった3つの出来事」から、今後やりたいことへの抱負まで語っていただきました。

作家・芹澤東洋さんインタビュー

インタビュー日:2016年11月9日

芹澤東洋さん

クラブで遊ぶ日々が変わった。「バックパッカー」という生き方

── 芹澤さんとは、以前お会いしたこともあるので、今回のインタビューは2回目なんですよね。

芹澤東洋(以下、芹澤):
はい、そうですね。めっちゃ久しぶりです。

── 私(ライター:立花)がお会いした時は、学生たちをインドへ連れて行くツアーのようなものを企画していらっしゃいました。

芹澤:
途中まで、うまくいっていたんですけどね。一度それも全部やめて、最近は借金を返すためにバイトばかりしていました。

── なるほどなるほど・・・。では今はお仕事としては?

芹澤:
バイトをしながら、執筆活動中ですね。ライターとしてちょこちょこ書きつつ、今はバイト以外の時間は本を出版したくて、その執筆をしている毎日です。

── どのような経緯で、今の暮らしにたどり着いたのか、教えていただけますか。

芹澤:
えっとですね、ちょっと長い話になるんですけど・・・大学入ってから今までの人生で3回、お金に対する考え方が変わったなと思っているんです。

── 3回?

芹澤:
大学時代の一人旅、インドでの旅、そして最近まで抱えていた借金の3つの経験が、僕にとっては大きな分岐点でした。

── ふむふむ。では最初に、大学時代の一人旅のお話から教えてください。

芹澤:
僕、大学3年生の夏休みまで、かなり遊びほうけていたんですね。理工学部だったから学校も忙しかったんですけど、「大学生は人生の夏休み期間だ」って思って遊ばなきゃ損だなと思って時間があればバイトして、バイトで稼いだお金でずっとクラブに行っていました。

── サークルとかは入っていなかったんですか?

芹澤:
入っていなかったです。

大学の友達ももちろんいたんですけど、それよりは横浜の中学校の頃の地元の友達と結構ずっと遊んでいましたね。

それはそれで良い経験だったんですけど。でも大学3年生の夏休みに一人旅に出ることになって、その旅をきっかけに、一気に金銭感覚っていうか、お金に対する考え方が180度変わったんです。

── 旅に行く前は、海外とか旅には興味はあったんですか?

芹澤:
いえ、まったく。ゼロです。

── クラブに通う日々に、“旅”が出てきたのはどういうきっかけがあったんでしょうか。

芹澤:
大学3年生の夏休みに、居酒屋でバイトしてたんですけど、そしたら中学校の頃の先輩と、その人の友達も来たんです。

先輩たちと話していたら、いきなり「インド一ヶ月行って来いよ」って言われて。

── 急ですね(笑)。

芹澤:
「何言ってんだこの人」って思っちゃいますよね(笑)。

で、よくよく聞いてみたらバックパック一つ背負って、世界中を旅するバックパッカーっていう人がいて、超面白いんだよって教えてもらって。

純粋に楽しそうだなと興味が湧きました。大学生の夏休みだいたい2か月くらいあるから、1か月バイトして一気にお金貯めて、残りの1か月のうち、2週間ぐらい旅に行きました。

一人旅なんて初めてだったから、まずはタイとカンボジアと、ラオスへ行ったんですけど。

── インドやバックパッカーがおもしろいとオススメされて、「行こう!」と即決できたのは、どうしてだったんですか?

芹澤:
当時、大学3年生だから、人生について考え始めた時期でもあったんですよね。周りの友達は就活とか始めていましたし。

でも僕、自分に誇れるものが何一つなかったんですよ。

っていうのも、地元の友達が20歳からハーレー乗ってたりとか、ちょっとしたDJをやってたりして、すごく自慢の友達でした。例えば大学の友達とか、女の子と話すときも、自分の話ではなくて「俺の友達すごいんだぜ」っていつも言っていたことに気づいたんです。

自分に自信がないから、友達と一緒にいることによって満たされていたんですね。

── なるほど。

芹澤:
他の人と違うものが欲しいなとは思っていて、だから旅に惹かれたんじゃないかなと思います。バックパッカーっていうのを知って、純粋にかっこいいなと思ったし。

あと、旅に出るもう一つのきっかけになったのは、その頃スティーブ・ジョブズの本を読んでいたこともあるんです。

「Stay Hungry. Stay Foolish.(バカであれ、貪欲であれ)」っていうジョブズの名言を大学の先生に教えてもらってから、自分の人生を生きなくちゃと思うようになりました。

前の僕だったら、一人旅なんて絶対行かなかったんですよ。怖いし、先輩の話を聞くまではインターンをしようかなと思っていました。

でも先輩にインドやバックパッカーの話を聞いたタイミングと、ジョブズの本を読んだタイミングが重なって「今までの俺だったら絶対選ばないような、違うことをしてみよう」って思って、旅に行きました。

── その一人旅で人生が変わった?

芹澤:
もう、ガッツリ変わりましたよ!

一番大きく変わったのが、カンボジアに行った時ですね。

現地には、親や住む家がない孤児たちが暮らしているんだけど、あの子どもたちを見た時に、自分が持ってる可能性って本当に無限大なんだなって気づいたんです。

── なんでもできる、ということですか?

芹澤:
そう。

僕、旅は興味なかったんですけど母親がアメリカの大学院を出ているので留学はいつかしたいなーと漠然と思っていたんです。

ただ、うちは母子家庭だったんですよね。通っていた青山学院大学にはお金持ちの人が多くて、親がお金を出して留学に行く人も多かったから、自分の人生を引け目に感じていた部分もあるんです。

でもカンボジアで孤児達を見たときに、うまく言えないんですけど、自分には計り知れない可能性があるんだって気づいて。日本って一所懸命働けば、学生でもお金を稼げるじゃないですか。例えば留学に150万円必要であれば、バイトを頑張れば、時間はかかっても確実に稼げます。

今でも覚えてるんですけど、当時、僕13万円くらいバイトで稼いだんですよ。13万の3万だけ使って10万円貯めれば、1年で120万円貯まる。しかもそのペースで貯金をすれば、当時大学3年生の秋頃だったこともあり、卒業するまでに150万ぐらいは貯められる・・・じゃあ留学も行けるぞ!って分かったんです。

日本で暮らしている僕は、自分でお金を貯めれば、いくらでも夢は叶えられるんだとハッとしました。

── 確かにそうですね。

芹澤:
カンボジアで暮らす孤児たちが、仮にアメリカに留学したいという夢を持っていたとしても、それが叶う確率って、本当に低い。もちろん行ける子もいるだろうけど、正直全員は難しいと思う。

そう気づいた瞬間、金銭感覚がすっごい変わって。日本に帰ってからは、さっそく留学をするために貯金を始めました。

クラブにもほぼ行かなくなりましたね。

── 周りの友達に「どうしちゃったの」って言われませんでした?

芹澤:
めちゃめちゃ言われましたよ(笑)。

僕、ビジネス書とか自己啓発本とか好きでよく読んでいるんですけど、今まで超遊んでた僕がバイトの休憩中に、『思考は現実化する』っていう本を読んでいたら、バイト仲間の女の子が「ねえねえ、東洋が読んでる本、知ってる?」「“思考は現実化する”でしょ、チョー危なくない?」みたいに話していたことがありました(笑)。

芹澤東洋さん

── あはは(笑)。

芹澤:
一人旅から帰ってきた頃は、大学3年生の秋なので、就活してスーツを着ている学生も多かったんですよね。

そんな中で、僕だけ一人ヒゲ生やして、もじゃもじゃのパーマかけてピアスしちゃって、『思考は現実化する』を読んでいる、みたいな(笑)。友達にも「お前、旅して本当頭おかしくなったんじゃね?」みたいに言われました。

最初はやっぱり、周りと違うふうに生きていくことに不安でした。でも、その中で応援してくれる人たちはいたし、今では自分のやりたいことを自由にできるようになりましたね。

自分にしかできないことをやろう!

── じゃあ、大学卒業まで就職活動もしていなかったんですか。

芹澤:
大学を卒業してからは、僕なりにプランがあったんです。

アメリカで公認会計士の資格を取ろうと思ってたんですね。というのも、僕のお母さんがMBAの資格(経営の修士の資格)を持っていて、母に「資格があればいろんなところで働けるから、あんたもそういうのとりあえず目指せば」って言われたんです。

英語も、当時まったく喋れなかったんですけど、大学院に入学する前に語学研修をさせてもらえる留学の方法があることを知って。TOEFLが80点だったら、大学を卒業後、すぐに大学院に進学できるんですけど、60点までだったら、語学研修のための学校に3か月間入れるんです。そのあと、大学院に進めるという流れで。

だから僕は就職活動せずに、アメリカの大学院に行って公認会計士の資格を取るために、貯金と英語の勉強をずっと一人でやってました。

── すごいですね。

芹澤:
最初は、ほかの選択肢を考えてはいなかったんですけど、大学のシステムで読書感想文のような文章を書いたら奨学金が下りるプログラムがあって、それに応募したら給付の対象に選ばれて、大学から30万円もらうことができたんです。

── 思わぬ軍資金ですね。

芹澤:
それから、一人旅をきっかけにインドにも行って、旅好きになっていたので、ブログも自分で書いていたんですけど、そのアメブロがインド旅行ブログランキングとか、アジア留学ブログランキングとかで、一位を取ってたんですよね。ちょっとしたものなんですけど。

その30万円とか、ブログの話とかを、ある大企業に勤めている友達に話したんです。そしたら「留学はいつでもできる。今、お前にしかできないことがあるから、留学しないで別のことやれよ」って言われて。

その友達は、本当は起業をしたかったけど、勇気がなくてできなかったから「俺にできなかったことでも、お前ならできると思うしチャレンジしてほしい」って話してくれたのが、すごく突き刺さったんですよね。

── そこで“書く事”が出てくるんですね。

芹澤:
そうなんです。

で、留学に行かないなら、大学からもらった30万円をどうしようか友達と話していたら「お前が行きたいところに行ってきて、ブログ書いてよ」って言われて。

考えたらやっぱり、僕はアメリカに行きたかった。だからすぐ航空券を取りました。

お金なんてなくても幸せかもしれない

── 冒頭でおっしゃっていた、人生で3回価値観が変わったという、2回目はいつ頃のお話になるのでしょうか。

芹澤:
それは、アメリカから帰ってきてからですね。

大学を卒業する頃にはアメリカへの憧れもあったけど、やっぱりインドにすごいハマっていたので、仲良いカメラマンもと一緒に、ブログで参加者を公募して大学生たちをインド連れて行くイベントを立てたんです。

初回は16人ぐらい来てくれて、僕は卒業式に出ず、大学終わった瞬間にインドに旅に出ました。その旅は3週間くらいで、参加メンバーが日本に帰った後に、僕はそのまま中東に飛んで旅をしていました。

その後日本に帰国して、その1週間後にはすぐアメリカへ。だから順番でいうと、3月からの動きは日本→インド→中東→日本→アメリカ、って感じですね。

── そのインドへ大学生を連れて行くというのは、ビジネスとしてということですか?

芹澤:
そうです。本格的にビジネスとして回したいなとも思っていました。

インドだけじゃなくて、東南アジアに連れて行くイベントも企画したら、10人ぐらい集まってくれて。アメリカには5月から8月くらいまで滞在していて、帰国後すぐにその10人と一緒に旅に出ました。

その東南アジアへの旅から帰ってきてから、家の方がちょっといろいろ起こりはじめて・・・。

── 何があったのか聞いてもいいですか?

芹澤:
インド行ってアメリカ行って東南アジア行って、そのまま実はニューヨークに行こうと思っていました。

でも母が会社を辞めて、家のお金が回らなくなっちゃったんです。だからアメリカに行かず、家にお金を入れなければならなくなりました。

僕、姉ちゃんがいるんですけど、姉ちゃんも家にお金を入れ始めました。
当時、姉ちゃんは家を出て彼氏と同棲するつもりだったんです。

でも母に、お金回らないから帰ってきなさいって言われて、僕ら2人とも戻ってきて、しかも節約のために姉ちゃんの彼氏も僕の実家で一緒に住むことになったんです。

── えっ! それは若干気まずいですね・・・。

芹澤:
いやーぶっちゃけ超文句言いたかったですよ!(笑)
「ごめん俺、ニューヨークに2年間行ってくる。バイバイ!」って、ちょっとかっこいいじゃないですか(笑)

でも、家にお金を入れるとなると、それができなくなっちゃって。

まあ僕は母子家庭で一生懸命育ててもらったし、お世話になってたから、何とかしてあげたかったですしね。

── そうですね。ただ芹澤さん的には不完全燃焼ですよね。

芹澤:
うん。その頃からちょっとずつ自暴自棄気味になり始めて、貯金もあったのに、当時はもう旅キャラが確立していたから、今更バイトもできないって格好つけちゃって、貯金を全部崩して1ヶ月に6~7万円くらい家に入れてたんですね。

でもあっという間に貯金もなくなっちゃって、悩みながらバイトを始めました。地元の友達がやってる居酒屋で、一緒に働かせてもらって。

でもずーっと、どうしようって悩んでいましたね。家に帰っても僕の部屋だったところに一緒に、姉ちゃんと彼氏が寝ていたりするから気まずくて居場所がなくて・・・。

その時に、もう一回、参加者を募ってインドへ行くイベントをやろうと思い立ったんです。募集をかけたら、何十人も応募してくれました。

── それはいつごろのことですか?

芹澤:
大学を卒業して、その1年後の3月のことでした。

みんなでまた3週間くらいインドへ行ったんですけど、僕は今度は、そのままインドに4か月くらい残ったんです。その時期が、金銭感覚が一気に変わった2回目のターニングポイントになります。

── インドでの4ヶ月の旅で、何があったんですか?

芹澤:
家にお金を入れるためにバイトはしていたから、お金はあったんですけど、その頃はずっと悶々としていて「人生ってなんだろう」ってずっと考えていたんですよね。

インドにいる、サドゥーって知ってます?

── 修行僧ですか?

芹澤:
そうそう。あの人たちって、仕事をしていなくて、食事とかも全部ほかの人からもらって生活をしているんですよね。

彼らを見ていたら、お金って別にそんな必要ないのかなって思うようになって。あと、インドを4か月くらい旅をしている最中に、ヴィパッサナー瞑想をやったことも大きなきっかけですね。

── ヴィパッサナー瞑想?

芹澤:
インド発祥の瞑想の一つで、10日間施設で瞑想をするんですけど、誰とも話しちゃいけないし、目も合わせちゃいけない厳しい瞑想なんです。

その修行の最中に、ブッダのお金の話を聞く機会があって。

宝くじに当たった人は、だいたいみんな不幸になります、と。
なぜかというと、お金を持ったことによって、どんどん欲しいものが増えていって強欲になっていく。

それでいつのまにか、持っていた財産を全部無くしてしまったりとか、自分を見失ったりしてしまう、という話でした。

僕はその時に、お金っていうものは、なんていうか、最低限生活していける分だけあれば、いらないなと思ったんです。

洋服も良い車も、別に欲しくないし、大切なのはお金じゃなくて「心」だなってすごい思ったんですよね。

芹澤東洋さん

芹澤:
一人旅に出る前は遊んでたけど、旅に出て自分の持っている可能性に気づいた。
でも次に、インドに行ってからは、ラブ&ピースさえあればいいというか。

自分の夢が云々というよりは、「生きていくのにお金はいらない」っていう考え方に変わってしまいました。

── なるほど、それが2回目の転機だったと。

芹澤:
日本に帰ってきてからは、一応バイトは続けていたけど、正直何をやっていいかわからない時期でもありました。

借金100万円からのリスタート

── その瞑想を経て、4ヶ月のインド旅を終えてからは、どうされていたんですか?

芹澤:
8月ぐらいに帰ってきたら、なんとお母さんが新しい彼氏を家に連れ込んでいたんですよ。

しかも姉ちゃんはマリッジブルーか何か分からないけど、家に帰って来なくなっちゃって。めちゃくちゃでしょ!

── 実家なのに知らない人のほうが多い状況ですね・・・。

芹澤:
そうそう! やばいでしょ。

母はずっと育ててくれたし、第二の人生があるし、べつによかったんだけど、嬉しい反面、一緒にいるのはつらくなっちゃって。

しかも、姉ちゃんが帰ってこないから「お金入れる額増やして」って頼まれたわけです。それでもう、超頭来ましたね。「なんか俺、すごい振り回されてない?」って。

── うんうん。

芹澤:
もう家にいられない、限界だった時、カメラマンの友達が救ってくれたんですよね、「一回うち来れば?」って。

友達と住み始めたのが、今から1年前の話です。

それから僕は、やっぱりインドが好きだし、参加者をただ連れて行くだけじゃなくて、連れて行った人の写真を撮ってあげたり、その旅行記を小説風に書いたりして、1冊の本を作るのはどうかと思ったんです。

そのカメラマンの友達と以前からやっていた、インドや東南アジアへ友達を連れて行くイベントを、事業として進めようと思ったんですね。

── はい。

芹澤:
ただ、それがちょっとうまくいかなくて、僕のミスがあって。しかもプラスで友達から引越しの準備でお金を借りたりとか、軽いトラブルとかがあって、借金が一気に100万円、ドカンってできちゃったんです。

── なんと・・・。

芹澤:
もう本当にバカでしょ(笑)。

でもその借金を背負って、一旦、ちゃんと地に足つけて全部リセットしようと決めました。ずっと金髪だったけど、それも一回やめようと思って(笑)黒髪に戻して。まずは借りたお金を返すのが先決だなと思って、バイトを始めたんです。

だから、去年の12月ぐらいから働き始めて最近まで、バイトしかしていなかったですね。100万円あった借金を、8か月ぐらいで全部返したというのが、最近の話です。

── 壮絶なストーリーでした・・・。

芹澤:
借金してる間は、お金について僕なりに調べたり、本を読んだりしていました。

その時に、「お金は心の安定剤だ」という文章と出会って納得したんです。

僕は今、作家になりたいんですけど、クリエイティブなことを仕事にする人たちっていうのは、発想力が命ですよね。

でもお金がない時って不安になるから、頭の中の8割くらいはお金のことを考えちゃうんです。

だから残りの2割でしか、アイディアを考えられない。
心に余裕がないんです。

貯金をある程度すれば心の余裕ができるから、そしたらもっとクリエイティブなことを考える余裕ができるという話を読みました。僕、正直すごい当たり前の話をしてるかもしれないですね(笑)

── いえいえ、本当にもっともだと思います。

芹澤:
インドに4ヶ月行ったあとは、お金はいらないって思ってましたけど、借金を抱えてからは「あ、お金って大事だ」と気づきました。

だから今は貯金もしています。

── なるほど、借金が3回目の転機になったのは、「お金は要る」という考え方に変わったからなんですね。

芹澤:
そうです。心が安定するには、貯金はいる、と。最近は借金も返済できたし貯金も始めたし、超ハッピー。

こうやってインタビューしてもらえる縁ももらえましたしね。

夢は大きく持ちたい。自分の人生だから

── 作家になりたいとおっしゃっていましたが、今後、芹澤さんがやりたいことを教えてください。

芹澤:
僕、やっぱり旅が大好きなんですよね。

僕自身、旅で人生が変わったのも影響しているんですけど、インド旅が人生を変える理由を徹底的に研究する本を書きたいなと思っていて、今執筆中です。

芹澤東洋さん

── そうなんですね! もう動き出しているんですね。

芹澤:
40歳ぐらいまでの人生の計画を立ててるんです。そんなうまくいくわけないんですけど(笑)

でも、言葉にしたりイメージし続ければいつか実現すると思っているから。

30歳からは・・・自分で言うのは恥ずかしいんですけど、タレントみたいなことをやりたいですね。書くことを続けながら。

35歳から40歳の間は、もう一回本気で勉強したいなと思っていて。
あと、映画を作りたいという夢もありますね。

この前、自分の年表を書いてみたら、40歳で総資産3億円になってる計算になりました(笑)

── (笑)

芹澤:
ウケるでしょ(笑)
でも、人間は夢で描いた自分以上にはならないから、夢は大きく持ちたいなと思っています。

あとは、インドとアフリカへの旅をやりたいですね。
インドに行って、写真の展示会をやって、その写真一枚一枚に、一言ずつメッセージを入れていきたいんです。

書く事も極めたいから、コピーの勉強もやりたいし、20代はそっちを強めていきたいなっていうのはあります。暑苦しくてごめんなさい。

── いえ、すごく熱いお話ありがとうございました。Facebookで借金をしていたことは拝見していたのですが、今いいコンディションのようで、よかったです。

芹澤:
やっとこれから、という感じですね。今はすごく良いですよ、超楽しい(笑)

旅も教えてくれたけど、借金もお金の大切さを教えてくれたんじゃないかなと思うんです。地に足つけて考えられるようになったというか。

バイト中、皿洗いとかしてるときに、ちゃんと自分が何やりたいかっていうのを落ち着いて考えられたし、お金についても改めて考えられたし、すごい良い機会だったと思います。

机に向かう芹澤東洋さん

【編集後記】インタビューした感想

「旅好き金髪イケメン」として、ブログや動画配信など、かなり積極的に活動していた芹澤さん。

インドや旅というイメージが強かったのですが、数年でここまで紆余曲折あったとは、まったく知りませんでした。

お金は心の安定剤という芹澤さんが、今後どんな活躍をするのか、目が離せません。
いつか著書が書店に並ぶ日を、楽しみにしたいと思います。

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この記事を書いた人

立花 実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。これからの暮らしを考えるメディア「灯台もと暮らし」の執筆、編集を担当。いつか書道教室をひらくのが夢。

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