ひとつのことを突き詰めているひとと言えば、アスリートや料理人、伝統工芸士なんかが思い浮かびます。
まだ「私はこれで生きていきます!」と言えるものがないし、芽はあってもその覚悟がない筆者・小山内は、すでになにかを突き詰めているひとにちょっと憧れてしまいます。
そしてそんなプロフェッショナルなひとのお金の価値観についても気になるところ。
今回は、「刺繍」の世界を突き詰めている刺繍作家のkanaさんに、お金の価値観についてお話をうかがいました。
刺繍作家・kanaさんインタビュー
インタビュー日:2017年9月12日(火)
ずっと貧乏だなって思ってる
── 以前、kanaさんが講師を勤めたの刺繍ワークショップに参加したとき、みるみる作品を完成させていく様子に「プロってすごいな」と思いました。kanaさんは現在、刺繍作家としてどんな活動をされているのですか?
kana:
今は、平日週5で刺繍作家のアシスタントとして働きながら、個人でも作家活動をしているんです。
刺繍作家の活動としては、会員制のシェア工房「Makers’ Base」でワークショップの講師を担当しているのと、ウェブのセレクトショップ「密買東京」や個人でオーダーを受けて作品を売っています。あとは、個展や企画展で作品を販売したり、刺繍の挿絵の仕事もしています。
── いま耳につけられているピアスもご自身でつくられたのですか?
kana:
はい。この紅葉と銀杏のピアスは新作で、秋をイメージしてつくりました。
── グラデーションぽくなっているところもすっごく可愛いです。ご自身が作家でありながら刺繍作家のアシスタントもされている、という働き方はとても興味深いです。
kana:
憧れていた作家さんがアシスタントを募集していたので地元・富山から上京してきたんです。刺繍作家のアシスタントは、私個人では受けられないような大きい仕事に携わることができるので、個人活動とはまた違ったやりがいを感じています。
── では今は、毎日刺繍漬けというライフスタイルですか?
kana:
週7で刺繍漬けです。それでも学生の頃から今でも「ずっと貧乏だな」って思っていますけどね(笑)。
── ずっと貧乏?
kana:
刺繍作家として活動するとなると、やっぱり材料代がかかります。それでも刺繍周りのことに関してはお金を惜しみたくない。気になる新しい材料や道具は、買って使ってみないと私自身も私の作品も、「その先」にはいけないと思っているんです。
それと今は、ちょっとでも自分に新しい発見とか出会いがあるようにいろんなワークショップに赴こうと心がけています。刺繍に限らず、好きな作家さんのワークショップはたとえ参加費が高くてもケチらない。この間は1万円のブローチをつくるワークショップに参加してきました。
そのためにも無駄な出費がないように、けっこう切り詰めて生活しています。そのスタイルは大学時代からずっとで、大学生の頃もすっごい高い画集は買うけど、美容代や食費には極力お金を使わないようにしていました。
得意なものは不自由なく買ってもらえていた
── kanaさんの、刺繍への入り口はどこからだったのでしょう?
kana:
刺繍が楽しいな、と感じた原体験は保育園まで遡ります。
厚手の画用紙に絵が書いてあって、そこにいくつか穴が空いてるのですけど。その穴を毛糸で縫っていくと絵が完成する。という行為がすごく楽しかったのを、今でも覚えています。
小学生の頃も手芸クラブだったし、図工と家庭科の成績もずっとよかった。
家庭科と言えば、エプロンをつくる授業があったのですけど、そのキットを無駄に2個も3個も親に買ってもらって作っていました。
母も雑貨や手芸が好きなひとで、しかも私と可愛いの価値観が一致していたので、可愛いものは出し惜しみなく買って与えてもらっていたんです。
── へぇ、家族で共通の価値観を持っていたのですね。
kana:
そうですね、可愛い雑貨とかをよく一緒に買いに行っていました。3姉妹だったし、ものにはあまり不自由なく過ごしてきたかな。だからあんまり物欲もなく大人になりました。
── では子供の頃の、お金に対する思い出は・・・。
kana:
あんまりないんですよね(笑)。唯一、ほしいとねだった記憶があるものが中学生のときに、携帯電話くらい。
高校3年生の頃、はじめてしたバイトがデッサンモデルだったんです。
それが日給1万円で、「無表情でずっと一点を見つめている」という内容でした。
ぼーっとしていることが苦ではなかった私にとって、その仕事内容で1万円ももらえたというのは、労働に対するイメージがマイナスにならなかった理由のひとつかな、と思っています。
そんな感じだったので、はじめて自分で稼いだお金の使い道も覚えていません。苦労して手に入れたお金なら、使い道も覚えていると思うんですけど。
学生の頃から刺繍でお金をもらってた
── 刺繍も可愛いものも好きで、しかも子どもの頃から得意であると自覚されていたのですね。いつぐらいから「刺繍作家になろう!」と思われたのですか?
kana:
刺繍で作品を作り出したのは、大学3年生くらいのときです。
じつは私、それまではずっと彫金の伝統工芸士になりたかったから。
── えっ!全然刺繍じゃなかったのですね。
kana:
大学は、地元の伝統工芸を学ぶ大学に進学したんです。私は手先が器用で、細かい作業が得意だったので彫金というのはけっこう向いていて。
ずっと「私は彫金をやっていくんだ」と思って、弟子入りしたい先生もいたのですけど。
「女の子を弟子にすると、奥さんがヤキモチ妬いちゃうから」という理由で断られてしまったんですよね(笑)。
そこで一回挫折しそうになったのですけど、でも工芸品という実用的なものだけじゃなくもっと好きなものをつくろうという気持ちになったきっかけでもあったんです。
── それで好きだった刺繍に。
kana:
というよりは、金属をやっていたときにもっといろんな色を表現したいという欲求があったんですよね。
彫金って、種類の違う金属を彫ったり嵌めたりして色の幅を出すのですけど、金属だから出せる色に限りがあるんです。どうしても渋い色味になっちゃう。だけど刺繍は本当に多彩に表現できるから。
── たしかにそうですね、刺繍は色とりどり。
kana:
それで一番初めは、上履きにノンマニュアルで刺繍しました。大学では生徒たちがつくった作品を学校の持つギャラリーで売るようなサークルに所属していたので、当時私はそのギャラリーで刺繍をほどこした靴を売っていたんです。
それを起点に、作品を見てくださったギャラリーのキュレーターさんやバイヤーさんから「うちの店で置こうよ」とか「東京で展示しようよ」なんて声をかけてくれるようになって。
いろんなひとに協力してもらいながら、渋谷や中野でも出店したりして、東京や地方で活動していました。
── 学生のうちから自分の作品を売っていたなんてすごいです。
kana:
今より全然めちゃくちゃな刺繍ですけどね(笑)
だけど、ちゃんと対価がもらえるシステムの中にいたっていうのはよかったと思います。
自分のつくった作品でお金をもらえることが、次の作品に繋げよう!という気持ちの原動力になっていた気がするので。
この白い花冠は友だちの結婚式の髪飾りを作ったことをきっかけに生まれた立体刺繍の作品。昔は、ここまで作り込む技術はなかったです。
ものづくりはどんな環境が一番ベストなの?
── 刺繍作家のアシスタントになるべく上京してからは、お金の価値観は変わりましたか?
kana:
私はずっと貧乏、ってさっきお話ししましたけど、上京してからは「スーパー貧乏」ですよね(笑)。
最初はアシスタントの収入だけじゃ食べていけないからバイトをしようと思ったけど、あまりの忙しさにそんな暇はありませんでした。
自宅はネットは繋がっていなかったし、テレビも新聞もなかった。お金がなかったから友だちと遊ぶこともなかったです。
地方から上京したけど、数年間は東京を楽しむ余裕なんてありませんでした。今でも東京は「ただ家賃が高いだけ」と感じてしまうこともあります。
── 学生の頃から富山にいながら東京で作品を売られていたのですよね。そこも、東京にいる必要性が薄れる理由のひとつなのかなと思いました。
kana:
そうかもしれないですね。
東京じゃないところでも好きなように仕事ができるくらいになって、あとは田舎に隠居して、刺繍だけして暮らすっていうのはけっこう理想です。
時間とお金の使い方を考えたい
── なるほど。今少し未来の話が出たのですけど、今後お金の使い道として心がけたいことはありますか?
kana:
仕事でどうなっていきたいというようなビジョンは正直まだないんです。ただ、もっとオブジェみたいな、大きい作品をつくりたいなぁっていうのはずっと思っています。
だけど、大きい作品をつくるには時間もお金も今よりもっと必要になってきます。
── 今は週7、フル稼働ですもんね。
kana:
そうです。東京に来て5年、収入は今はやっと人並みになったかもと思うけれど、でもそれは私が週7で働いているからなんですよね。
フル稼働だと全然先を考える余裕がないのだけど、きっとそのままではダメで。週5で働いて、残りの2日を自由な作品づくりに当てられるようにならないといけないし、それでお金が回るようにしないといけない。
── やりたいことをやるために、今工夫が必要なんですね。
kana:
そうそう、たとえば作品協力をしてロイヤリティーをもらうとか本を出すことに挑戦してみるとか。働く時間を増やさずに収入を増やす方法をこれからはもっと考えていかないといけないな、と思っています。
私は今、土日も働いているから生計が成り立っているけどそれだと意味がなくて。週5の中で収入が増えないと意味がない。
それって自分の時間が減っているだけでなにもいいことではなくて。働く時間を増やさなくても収入を増やす仕組みをつくらないと、大作に集中できないから。
刺繍はおばあちゃんになってもできるけど、私は今しか作れないものもあるんだろうなって思ってます。これからは、若い今の自分が「もう出し尽くした!」って言えるくらいの作品をつくってみたいですね。
インタビューした感想
「ずっと貧乏」と話すkanaさんの表情は全然暗くなく、とても快活な印象を受けました。
それはきっと、刺繍作家として自分が優先したいものをちゃんと知ってて、そして信じてそこに投資しているからなのでしょう。
「新しい材料や道具は、買ってみないと私自身も私の作品も『その先』にはいけない」という言葉がとても印象に残っています。
最後のほうのお話にあった「時間とお金の工夫」については、創作意欲を持つひとすべてが持ち続けるテーマのように思います。
自分のやりたいこともいまだにピンとこない私ですが、もしもこれだと思えるものに出会ったら、今回のkanaさんのお話を思い出したいです。