【松本博樹ヒストリー2】中学を卒業するとき「苦しい生活がやっと終わった」と思ってた

2017年3月から始まった【松本博樹ヒストリー】第二回目です。聞き手は、「灯台もと暮らし」で編集をしている僕、くいしんです。

最初にインタビューを行ったのは2016年11月、それから現在まで複数回のインタビューを行い、松本さんの人生について様々な質問を繰り返してきました。

この連載は、のちにノーカットの【完全版】としてKDP(電子書籍)にまとめる予定です。

初回は幼少期から高校受験の頃まで、今回は、専門学校時代を含む学生時代を中心に、お話をうかがいました。

現在ではノマド的節約術が今のようにたくさんの人に読んでもらえていますが、松本さんがサイトづくりに目覚めたのは専門学校の頃。

専門時代に一万円程度の収益が発生していたという、サイトづくりの原体験についても聞いています。

また、中学のときは学校生活が楽しくなくて、高校に入学するタイミングで自分を変えようと決意した転機については、ぜひ読んでほしい内容です。

目次

  • 高校時代のおこづかいの話
  • 中学から高校に入学するときが転機だった
  • 専門学校時代
  • 専門学校時代にネットで初めて稼いだ経験

松本博樹ヒストリー2

松本さんアイキャッチ画像

高校時代のおこづかいの話

── 前回は高校受験と、高校の頃の話をチラッとうかがったくらいで話が終わりました。

松本:
はい。

── 今回は学生時代以降のお話をもう少し聞いていきたいです。お金の価値観という意味で聞きたいんですけど、育った家庭はどんな家でしたか?

松本:
んー、どうだろう。普通だと思います。お金持ちでもないし、貧乏でもないし。

鳥取にはよく旅行に行ってました。長崎のハウステンボスにも行ったなあ。

── 家族みんなで?

松本:
そうですね。

── 高校のときは、アルバイトとかしてましたか?

松本:
高校はバイトしちゃいけない高校でしたね。許可制みたいな、許可してもらった人だけがバイトしていいような感じ。

── 公立ですか?

松本:
公立です。子供の頃ってそんなに自由にお金を使ってた記憶がない。コンビニも高校まで行ったことなかったですね。

── 中学、高校くらいのときに「もっとお金あればなあ」みたいに思ったことってないんですか?

松本:
趣味がゲームくらいだったので、あったらあったでゲームを買うくらいで、もっとお金が欲しいとか思ったことはあまりないかもしれない。

── 高校のときはおこづかいをもらってましたか?

松本:
ありました。最初は一万円もらってましたね。

── 毎月?

松本:
はい。「毎月一万あってすげえ!」みたいな感じでした(笑)。

── 高校生のときって何にお金を使っていたか覚えてますか?

松本:
学校に自販機あるじゃないですか。飲み物買って飲んだりとか、帰りにコンビニでパンとか買ったりとか、アイス買ったり。

一緒に帰る友だちと、みんなで行って買うみたいな。

── それこそ、何か買いたいものがあるから放課後にお菓子買わないでお金を貯めたりする人もいるじゃないですか。そういう節約体質なところとかありましたか?

松本:
なかったですね(笑)。

── お金を貯めてなかったんですか?

松本:
預金通帳は、中学のときに自分でつくって持ってましたね。10万くらいしか貯まってなかったですけど、当時からしたら10万は大金でしたね。

── 貯まっていくのが嬉しいみたいな感覚はあったんですか。

松本:
あっ、それはありますね。なんか利息増えてるとか。1円2円とかですけど、それだけでも嬉しいなって思ってました。

でも高校くらいまでは、お金に関してそんなに真剣に考えたことがなかったですね。

途中からおこづかいを月5000円に減らされて、部活は陸上部だったので、試合に行くときには足りないから追加で交通費を出してもらうとか、そういう感じでした。

中学から高校に入学するときが転機だった

── 高校に入って空気を読むことを覚えたというのが前回の締めで(笑)。そのときに実は、高校のときが転機だったという話も出ました。

松本:
自分の中では、高校はだいぶ転機でしたね。高校時代を境に、いろいろ変わった。

テストで点が取れるようになったのが大きいですね。

── それはつまりどういう意味ですか?

松本:
中学のときはいろんなことに結果が出てなかったんですよ。成績もよくなかったし。だから性格的にもネガティブでした。

人とも全然しゃべらなかったですね。そういうのいややったから、高校に入って友だちつくれたらいいなって考えていて。

── 中学のときは友達があまりいなかった?

松本:
もともとはいましたけど、クラス替えして、いなくなっちゃったかな。最後の一年は、クラスの誰かとしゃべるってことが全然なかったです。

── へえー、それは結構しんどいですね。そのときは、家に帰ってゲームをやって、みたいな生活ですか。

松本:
そうそう。ゲームしてました。受験勉強もそこそこに。

── 高校はどこ入るかみたいな話になるじゃないですか。どうやって決めたんですか?

松本:
成績が悪くて選択肢が少ななかったから、行けるところに行った感じですね。

普通科がいやだったので、商業科かなと思って選びました。

商業だったら、手に職が就くのがイメージしやすかったんです。

── あー、なるほど。具体的にどんな仕事をするのか想像しやすいですね。前回、ゲームプログラマになりたいという話がありました。

松本:
そうそう。だから、コンピュータ関係の授業もあったので商業科に行った感じ。

あー、あと、高校時代は生徒会をやってましたね。高校のときは、人前に立つことが多かったです。

── そのときは社交性が高かったんですね。

松本:
いや、そうでもないですけどね。

── なんで生徒会に入ったんですか?

松本:
誰もやらないから思い切ってやってみるか、みたいな。

── アグレッシブですね。

松本:
アグレッシブというほどではなかったですけど、せっかく高校生活も一回きりなんで、やれることやったほうがいいかなと思って。

それまでそういう発想じゃなかったんです。何もやりたくないというか、ネガティブだったから。高校のときは、経験できることはしておいたほうがいいかなって。

── それは何があって心境が変わっていったんですか?

松本:
中学を卒業して休みの期間あるじゃないですか、高校まで。

そのときに中学の頃のことを考えて、こういうのを繰り返すのはいやだなと思って。

高校に入ったらちょっとがんばってみようと思いましたね。

── ポジティブになろうと。ポジティブになれたきっかけってなんですか?

松本:
入学してすぐに学力チェックがあって、それでいい点を取ってみようと思って。宿題が出てたから、それは真面目にやりました。

テストで割といい感じで解けて、結果が帰ってきたらすごく点数良くて。自信になりました。

自分の中で「勉強したらできるな」って満足したんでしょうね。全部90点くらいとかやったから。

学年でも10位以内に入って、それが大きかったですね。「自分行けるぞ」って思えた。小さなことかもしれないですけど、それで自信になった。

── 春休みに何かあったんですか?

松本:
遊んでましたけど、宿題の勉強はしてました。

宿題がテストで出るんだろうなあと思ってやっていたから、まずやってみて、毎日復習していましたね。

中学のときはあまり人としゃべってなくて、楽しくなくて、卒業式の日もすぐに家に帰ってましたもん。

苦しい生活が、やっと終わったって思いました。

── それを考えてちゃんと自覚したからこそ、次はちょっとがんばろうって思えたんですね。

松本:
高校は、同じ中学の人がほとんどいなかったから。

中学は3年になって、クラス替えして、友だちが全然いなかったんですよ。

そのまま馴染めなくて、最後まで友だちがいなかった。

専門学校時代

── 高校以降の進路はなんとなく決めてたんですか?

松本:
大学に行くのはあまり興味なかったですね。専門学校かなと最初から思ってた。

── 専門学校は何系だったんですか?

松本:
コンピューターですね。総合的な学科で、2年目からコースが分かれるときに、ウェブ系の学科を選びました。

── ゲーム系の学科は選ばなかったんですか?

松本:
ゲームはあんまり稼げないって思っちゃったんですよ。

あるとき活躍してる人の講演を聞いたときに、月収4万とか言ってて、意味わからんなと思いましたね。

── じゃあ高校のときは、進路に迷わなかったんですね。

松本:
迷わなかったですね。大学にも推薦で行ける感じでしたけど、専門って決めてましたね。

── 専門時代は楽しかったんですか?

松本:
あんまりかなあ(笑)。

── 専門って2年ですか?

松本:
4年制やったんです。

── その頃はバイトとかしてましたか。

松本:
バイトをちょこちょこしてましたけど、長続きしなかったです。要領が悪いというか、仕事を覚えられない。

── たとえばどんな仕事ですか?

松本:
パン屋さんの裏の仕事とか、つくったり、掃除したり。

── へえー、そういう仕事苦手だったんですね。

松本:
全然できなかった(笑)。

── どういう段階で何を間違えるんですか?(笑)。

松本:
洗剤を使ったらあかんのに洗剤で洗ってたとか(笑)。すぐ辞めました。あとは家庭教師のテレアポとか、結婚式場の料理を運ぶ人とか。

専門のときのバイトは、ほとんどすぐに辞めてましたね。

── それは・・・社会に出るときに不安だって話になりますね。

松本:
「社会性がないわ」って自分で思ってましたね(笑)。

── ちょっと先の話になっちゃいますが、会社を辞めたのは2011年ですよね?

松本:
ですね。

── 専門卒は何年かわかりますか?

松本:
2006年です。

── 専門を卒業したのが2006年。会社員をやっていたのは5年くらい。

松本:
5年2か月ですね。2016年で、フリーランスの期間のほうが長くなりました。

── さっきの専門時代のバイトの話を聞くと、5年間会社員を続けられたことがすごいですよね。

松本:
そうですね(笑)。

── 2か月3か月でバイトを辞めてたのに、会社員になって5年続いたわけですよね。

松本:
恵まれてましたね。あちこちいろんな会社にプロジェクトごとに行ってたので飽きなかったし。

── 会社の規模ってどれくらいですか?

松本:
僕がいたシステムのところは5、60人くらいですかね。

ITとは違う部門もあって、そっちにはまた別に人がいて。

── 就職活動はあまり苦労なく、すっと決まった感じですか?

松本:
高校ほど成績はよくなかったんですけど、上のほうにはいたので、そんなに苦労なかったですね。割とすぐに決まりました。

── こういう会社にいきたい、みたいな理想はなかったですか?

松本:
あんまりなかったですね。一応ウェブ系の仕事をしたかったというのはあって、でも実際は会社員のときはウェブ系の仕事全然できなかったです。

専門学校時代にネットで初めて稼いだ経験

松本:
もともと専門学校のときに、バイト向いてないから、自分でお小遣い系や音楽レビューのサイトつくってたんですよ。だからウェブ系をやりたかった。2004年、20歳のときですね。

── 実際にちょっとは稼げていたんですか?

松本:
うん。でも月1万いくかいかないかくらいでしたけど。

当時はポイントサイトというのが流行っていて。楽天カードの申し込みを獲得したら3000ポイントバックとか。

── 最初のアフィリエイトブームですかね。

松本:
そうそう。それのブームに乗ってた。お金に関しては苦しかったですね。バイトが続かなかったので(笑)。

その頃から、いつかそれで食いたいとうっすら思ってましたね。

本当は学生のうちに、就職せずにサイト運営で食えるようになりたかったです。当時、自分でHTMLとCSS書いてましたね。

── それは専門学校でプログラミングやってたけど、プラスアルファでってことですか。

松本:
そうですね。HTMLとPHPだけほんのちょっとさわりだけ授業でやりましたけど。それ以外のところは自分で勉強しました。

CSSなんか教えてくれなかったですからね。

── たぶん出てきたばかりの頃ですよね。

松本:
そうそう。全部独学で覚えました。

だから仕事をする上でも、HTMLやCSSとかウェブ系に関しては僕が詳しい人みたいになっていたので、何か困ったことがあったら聞かれる存在でしたね。

── サイトづくりには結構のめり込んだんですね。

松本:
そうですね。専門のときに、サイトづくりに目覚めました。それまでゲームが一番楽しかったんですけど、そのタイミングでガラッと変わりました。

サイトつくるほうが楽しかったなあ。

【編集後記】インタビューした感想

最後の「サイトをつくるのが楽しかった」という言葉がとても印象的でした。

今でこそ月間数百万PVのノマド的節約術ですが、専門学生だった頃から、サイト制作・運営にハマッていた松本さん。

そうやって思うと、自分が純粋に好きだと思ったことを続けてきた結果が今なのだなという、当たり前の事実に気づけます。

好きなことを仕事にしてずっと続ける。

簡単なことではないですが、誰しも少しずつ進んでいけば、そこに辿り着く可能性はおおいにあるよなあと、改めて感じることができました。

前回分と続編記事はこちら

電子書籍化しました

その後、この全4回のインタビューを未公開分と合わせてまとめて電子書籍化しました。記事で紹介しきれなかった文章も一部含まれています!

また、2018年3月に新しくインタビュー・鼎談した文章も含めて1冊にしていますよ。

個人的にはその新しくインタビューしていただいたところと、くいしんさん・F太さんと未来予測について話したときの文章がおもしろくておすすめです!

参考:ノマド的節約術の本その8 松本博樹のヒストリーインタビュー

ノマド的節約術の裏話

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この記事を書いた人

フリーの編集・ライター・PR。「灯台もと暮らし」編集部。1985年、神奈川県小田原市生まれ。高校卒業後、レコード店員、音楽雑誌編集者、webディレクター、web編集者を経て、個人事業主に。お金の価値観は「使って回そう」。ノマド的節約術では主にインタビュー記事をつくっています。