【松本博樹ヒストリー3】継続は力?サイトをつくり始めて13年が経った

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2017年3月から始まった【松本博樹ヒストリー】第3回目。

最初にインタビューを行ったのは2016年11月、それから現在まで複数回のインタビューを行い、松本さんの人生について様々な質問を繰り返してきました。

1回目は幼少期から高校受験まで、2回目は高校と専門学校時代を掘り下げてきましたが、今回は専門学校時代からずっと続けていたサイトづくりに関してや、会社員を辞めるときの気持ちについてうかがいました。

目次

  • 専門学校での生活
  • ブログやアフィリエイトを軸にする気持ちは最初からあった?
  • 趣味がゲームからサイト運営へ変わった
  • 会社員時代もサイトをつくっていた
  • サイトをつくっててなにが嬉しい?
  • 退職するときに考えていたこと

松本博樹ヒストリー3

松本さん1

専門学校での生活

── 前回は専門学校時代までのお話をお聞きしました。ネットで稼いだ体験とか、サイトづくりをしてた話とか。専門時代、周りに同じようにサイトをつくっている人とかいましたか?

松本:
いや、いなかったです。誰もいなかった。

── みんなデザイナーとか。

松本:
デザイナーかプログラマーですね。

自分でサイトつくることもそうだし、それこそ、そこから収益あげること自体が当時は全然一般的じゃなかったんですよ。

自分でつくったサイトに広告を貼って稼ぐとか。

今でこそ割とわかる人がたくさんいるけど、当時は「何それ怪しいんちゃうん?」みたいなノリやったと思います。騙されてるんちゃうかとか。

── なるほど。普段の生活はどんな感じですか。実家から大阪まで通っていたんですよね。

松本:
大阪の梅田まで。1時間半以上かかってたかな。下手したら2時間くらい。

自転車で駅まで行って、重いパソコン背負って通ってましたね(笑)。

── 当時はまだノートパソコンが分厚くて重いみたいな感じですか。

松本:
3、4キロくらいあったかもしれないです。

大変でしたね。ほぼ毎日持って行ってたんで。

── その頃はゲームプログラマになりたかったわけですよね。

松本:
そう。専門学校に行って、そのつもりで勉強してましたけど、卒業生の話を講演で聞く機会があって。

なかなか稼げないというのがなんとなくわかってきて。これはちょっとやめておいたほうがいいなと思いました。

それでウェブの方にいった感じですね。ウェブもいろいろ勉強してる中で、おもしろいなって感じてました。

ウェブと言っても、当時は開発でしたけどね。

── 専門学校時代は自分にとってどういう時代だった、という雑感ってありますか。

松本:
あんまりいい思いがないかもしれないですね。

── 逆に悪い思い出はあるんですか?

松本:
学校自体、そんなに楽しくはなかったですね。

社会人になる前にアフィリエイトで食えるようになりたかったんですよ。そしたら就職せんで良くなるからと思ってやってましたけど無理でしたね。そこまではいけなかった。

── 今の時代だったらブログだけで生活できるようになってましたかね?

松本:
いやわからないです。スキルが当時は何もなかったから。わからなかったと思います。

ブログやアフィリエイトを軸にする気持ちは最初からあった?

── 専門学校時代から、主にアフィリエイトというかサイトからの収益だけで暮らせるようにしたいみたいな気持ちはあったわけですか。

松本:
そうですね。アフィリエイトを軸にしたいのはずっとありました。

勝手にお金が入ってくるわけじゃないですか。そういう環境にしたかった気持ちはありますね。

もちろんサイトづくりが好きというのもあるけど、余計なことを心配したくないというか。

いろいろアイデアを考えて実際につくって数字が動き始めたりするとおもしろい。

それで稼げたら最高やと思っていたので。もともとはウェブサービスつくりたかったんですよ。

── たとえばどういうサービスをつくりたい、という気持ちはあるんですか。

松本:
その時々によって思いつくことが違う。音楽系のウェブサービスをつくりたいなと思ってた時期もあるし。

自由に投稿できるレビュー系のサービスとか。ライブレポートを勝手に投稿できるようにしたりとか。

CDのジャケットの評価とか感想を自由に書き込めるようなのもつくったことあるし。

── そういうサイトをつくり出したのは、年齢で言うといくつくらいからですか?

松本:
専門の頃・・・20歳からですね。3年のときにポイントサイトを見つけてやるようになったんじゃなかったかな。

── 今の時点で10年以上やってるってことですよね。

松本:
2017年で、13年です。2004年からやってるので。会社員の時代はやってなかったですけど。

── 結果、ブログで食べれるようになったのが2013年。それはでも、すごくわかりやすいですよね。まさに「10年継続すると極められる」って話ですよね。

松本:
うん。言われてみたらそうかもしれない。

趣味がゲームからサイト運営へ変わった

── じゃあ専門の時点で、それまでゲームが好きだったけど、サイトづくりに趣味が変わったわけですよね。

松本:
めっちゃハマってましたね。それまではテレビゲームでしたけど。

── ゲームのエンジニアになるのを諦めたから、サイト制作に出会うという話なんですか。

松本:
なんででしょうねえ。アフィリエイトのことを知ったから、というのは大きいかもしれない。

自分で考えてつくったものが形になって、人が見にきたりするっていう。そういうのが面白いなって。

サイトをつくるの自体おもしろくて、しかもお小遣い稼ぎもできるかもという感じでしたね。

── あっ、サイトづくりとゲームづくりが同じ感覚だったというか、ある意味、ゲームの種類が変わったってことですね。

松本:
そのときからユーザーじゃなくなりましたね。逆の立場になった。

── 消費するのではなく、生産者になった。

松本:
生産者というのか発信者側というのか。それが大きいですね。純粋なユーザーじゃなくなりました。

会社員時代もサイトをつくっていた

松本さん2

── 前回チラッとお話聞いたのが、就職活動は特に苦労もなく、さっと就職が決まったということでした。会社員時代に話を進めると、特に最初のほうはどういう気持ちで働いていたんでしょう?

松本:
ずっと(神戸の)三宮に通ってたので、家と会社の往復みたいな感じやった。

いろいろ勉強になってるなという感じはしましたけどね。今までやったことない(プログラミング)言語やってたし。

仕事のやり方をちょっとずつ覚えていってた感じですかね。スケジュールが上がって、それまでにちゃんとやらなあかんみたいな。

最初はあんまりわかってなかったから遅れたりとかしてましたけど。生意気だって怒られたりとか。

── 逆に言うと、最初から社会人全然向いてないしやりたくないって感じではなかったんですね。

松本:
入ったからにはちゃんとやろうと思った。真面目にやってました。

研修のときは知ってることばっかりやったんで、全然余裕だったんですけど。実務入ってから慣れるまで苦労した感じです。

── 並行して自分のサイトをつくったりしていたんですか?

松本:
してましたよ。土日があったら、一日彼女と会って、もう一日の休みでサイトつくるみたいな(笑)。

その頃は音楽のレビューサイト作ってました。

自分でCGMをつくって、文章を書くフォームとか作って。

── 会社員時代につくったサイトで、PVが大きくなったサイトとかあるんですか。

松本:
PVとかよく知らなかったですからね。アクセス解析は一応入れてましたけど。

── Googleアナリティクスが出てきたあとですかね。

松本:
違うの入れてた気がする。

アクセス数がどのくらいだったかあんま覚えてなくて。

投票できる仕組みをつくってましたね。いい、悪い、普通と選べるような。

── 「いいね」みたいなことですよね、今で言うと。

松本:
曲とかアルバム単位で評価できるようにしてたんですけど。票が集まってる作品もありましたね。

アクセスはそれなりにあったと思います。一日100PV以上はあったんじゃないかな。

サイトをつくっててなにが嬉しい?

── 専門学校時代と会社員時代を含めての質問なのですが、もう少し、「サイトをつくるのが楽しかった」というお話を聞きたくて。なにが嬉しいんですか? リアクションがあるのが嬉しい?

松本:
リアクションもらえるのも楽しいし、つくって完成したときとか嬉しいし。

お金が入ってきたらもちろん嬉しいし。

当時は、ソースコードきれいに書けたとか(笑)。

── エンジニアというか、プログラマとしてもこだわりがあったわけですね。

松本:
そうですね。プログラマ寄りでした。

── 逆にいま、ノマド的節約術をやっていて、嬉しいポイントってどこなんですか。

松本:
ノマドは何が嬉しいんやろう。「役に立ちました」とか言われたら超嬉しいですね。

── ツイッターのシェアのコメントとかですかね?

松本:
ある読者がブログ記事に、うちのサイトを見て実践したら、1年で150万貯金できたって書いてて。

そういうのはすごく嬉しい。

いまは、一緒に仕事している人にお支払いできたときも嬉しいです。

退職するときに考えていたこと

── 会社員のときは最初から、フリーランスで働くというイメージがあったんですか?

松本:
いずれできたらなとはずっと思っていたんですよね。

最初の何年間は別に何の不満もなかったですけど。周りの人たちもよくしてくれて。3年くらいはなんの不満もなくやってました。

── 辞めようと考え出したのは何かきっかけとかあったんですか。

松本:
プロジェクト毎に、強制的に場所を転々と変わったりするし、めっちゃ遠いところに行かされたりもしてたから。これどうなの?という気持ちがだんだん出てきて。

片道2時間くらいかかるところに行ったりとか。縛られてるなみたいな風に思い始めて。

自分でなんとかできないかなって考え始めましたね。

── 場所を転々とすると都度、人間関係とか変わっちゃうってことですか。

松本:
変わりますね。うん、それも大変だったところです。

── ご結婚されるときはそういう感じではなかったんでしょうか。

松本:
当時はまだマシなほうで。結婚した少しあとかなあ。あちこち場所変わったりするようになったのは。

── 結婚して住宅を購入して退職して。住宅購入、退職、お子さんが生まれるのが同じくらいのタイミングなんですよね。その状況の中で退職するタイミングを決めた理由はあるんですか?

松本:
精神的にしんどいなと思って、このままやってたら。

── いろいろタイミングが重なってると、辞めたほうがしんどそうじゃないですか。

松本:
自分自身が、続けてたらやばいんじゃないかなみたいな感じはありました。

── なるほど。精神的に、黄色信号みたいな感じだったわけですね。

松本:
はい。当時は迷いましたけど「まあなんとかなるやろ」みたいな感じでしたね、最終的には。

── どのくらいの期間悩んでたんですか?

松本:
半年くらいは考えてました。

── その半年の期間も、サイトをつくったり準備はしてるんですか。

松本:
つくったりしてましたね。

── 報酬的には・・・。

松本:
全然ないです。0です。

それこそ会社を辞める一年くらい前は、農業体験とか行ってましたから。

── もっと田舎に住もう、みたいな考え方ですか。

松本:
農業でもするかみたいな感じで考えてるときもありました。

自給自足できたら、稼がなくてもなんとかなるみたいに思ってたから。

収入が少なくとも食うもんさえあればなんとかなるので。

そういう考え方は、ノマド的節約術に通じるところは当時からあったかもしれないですね。

でもその頃のことで言えば、ヤフオクでちょっと売れてお金をつくれたのは大きかったかもしれない。

自分の気持ち的に、売ればお金が入ってくるって知れたことはよかったですね。その発見が大きかった。

ただ会社で働いて、給料もらうだけじゃない方法でお金を得られるって知れた。

── なるほど。そのとき覚えたお金を得られる気持ちが今につながってるわけですね。では、一時間も過ぎましたので、今回はこのへんで。次回は最終回です。

【編集後記】インタビューを終えて

「ブログで生計を立てられるようになる!」と聞くと、ブログを始めて、そこから勉強してお金を稼げるようになると想像してしまいがちです。

もちろんそれもあるのですが、何事も、自分がこれまで経験してきたことを組み合わせて、価値を生んでいくことが大切なのではないでしょうか。

松本さんの場合は、プログラマとしての経験もあり、専門学生時代からずっとサイトをつくっていたとのことでした。

ブログを始めて数年で今のようにノマド的節約術が数百万PVのサイトに成長したことも事実ですが、それはこれまでの人生経験の積み重ねがあり、工夫してきた過去があったからこそなのではないかと思いました。

自分がこれまでに夢中になってきたことがなんなのか考えて、自分のやりたいことを改めて考えたくなるようなお話でした。

過去2回と続編の記事はこちら。

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この記事を書いた人

くいしん

フリーの編集・ライター・PR。「灯台もと暮らし」編集部。1985年、神奈川県小田原市生まれ。高校卒業後、レコード店員、音楽雑誌編集者、webディレクター、web編集者を経て、個人事業主に。主にカルチャー、音楽、生き方、働き方、ローカル、暮らし、メディアについて執筆。

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