七夕の時期はいつ?なぜ8月にもやる?起源・飾りや短冊の意味・食べ物・行事について徹底解説

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七夕(たなばた)」は、日本の夏を代表する行事ですよね。

別名「笹の節句(ささのせっく)」「竹の節句(たけのせっく)」など呼ばれ、古くは「七夕(しちせき)」と呼んでいた行事です。

毎年なんとなく七夕を迎えて、なんとなく七夕を過ごしてしまいがちですが、七夕っていつからあるのでしょうか。

よく考えてみると、以下のような疑問がでてきます。

  • 8月に七夕をやったりすることがあるのは、なぜ?
  • なぜ笹や竹の飾りをするのか?
  • なぜ短冊に願いごとを書くのか?
  • 七夕にはどんな食べ物を食べるのか?

実は七夕は、たいへん歴史の古い行事なんですよ。

このページでは、七夕の起源や歴史・ならわしなどについて、詳しく紹介しますね。

七夕とは「五節句」のひとつ「七夕の節句」

七夕とは「五節句(ごせっく)」のひとつで、正式には「七夕の節句(しちせきのせっく)」といいます。
五節句は年に5回あって、江戸時代に制定されました。

▼五節句は、以下の通りです。

月日節句別名象徴する植物
1月7日人日
(じんじつ)
七草の節句春の七草
3月3日上巳
(じょうし、じょうみ)
桃の節句
5月5日端午
(たんご)
菖蒲(ショウブ)の節句
重五(ちょうご)
菖蒲
7月7日七夕
(しちせき)
笹(竹)の節句
七夕(たなばた)
笹、竹
9月9日重陽
(ちょうよう)
菊の節句菊、栗

節句は、もともと古代の中国にあった風習です。
奈良時代ごろ遣唐使によって日本へ伝来し、宮中行事として取り入れられました。

なお、人日は本来1月1日ですが、元旦と重なるため、1月7日にずらされています。

本来の節句は、二十四節気(にじゅうしせっき)という季節の考え方が元になっていて、1年に多くの節句がありました。

江戸時代に、江戸幕府が5つの節句のみに定めます。
これが五節句です。

五節句は式日(しきじつ)という、現代の祝日にあたる日でした。
当時の日本には休日の概念がなかったので、忙しい日常を離れてリフレッシュすることを目的に定められたのです。

もともと節句の時季は、季節の変わり目にあたりました。
季節の変わり目は体調を崩しやすい時季ですね。

そこで、邪気を払うといわれるその季節特有の植物を飾り付ける風習が生まれました。
昔は体調不良は邪気が影響しているという考えがあったからですよ。

そのため、五節句はそれぞれ象徴する植物の名の別名が生まれました。

七夕の節句を「笹の節句」「竹の節句」と呼ぶのは、旧暦の七夕の節句の時期が、笹や竹のよく育つ時期だからですよ。

七夕は中国から伝わり、日本で独自の風習へ変化した

五節句のことがわかったら、つぎは七夕の起源について紹介しますね。

五節句のもととなった二十四節気は、古代の中国生まれです。
七夕の起源も古代の中国ですよ。

中国で「牛郎織女伝承(ぎゅうろう しょくじょ でんしょう)」という言い伝えがありました。

▼牛郎織女伝承は、現在の七夕で有名な彦星と織姫のお話のモデルですよ。

七夕の織姫(織女星)と彦星(牽牛星)

この牛郎織女伝承から、「乞巧奠(きこうでん)」という風習が生まれます。
奈良時代になって、乞巧奠が七夕(しちせき)として日本に伝わりました。

日本では古くから機織り(はたおり)をする女性を「棚機津女(たなばたつめ)」「棚機女(たなばたつめ)」と呼んでおり、中国の「織女」と日本の「棚機津女」が重なり、七夕を「たなばた」と読むようになったという説があります。

順に紹介していきますね。

七夕の起源は古代中国の牛郎織女伝承

まず、七夕の起源の牛郎織女伝承、つまり彦星織姫のお話について、紹介しますね。

彦星と織姫の伝承は、以下のとおりです。

牛郎とは彦星のことで、牽牛星(けんぎゅうせい)という星のこと。
織女とは織姫のことで、織女星(しょくじょせい)という星のことです。

彦星は農耕、織姫は機織(はたおり)を司っていました
しかし、2人が結婚してから、2人とも仲良くし過ぎて仕事をしなくなります。

見かねた天帝が、2人を天の川を挟んで離ればなれにさせたんです。

そして一年に一度、7月7日に、天帝の使いのカササギに乗って天の川を渡り、会えるようにしました。

この七夕の話はかなり有名ですよね。

ちなみに、物語に出てきた星は、実際にある星ですよ。

名前一部となっている星座
彦星(牽牛星)アルタイル鷲座(わしざ)
織姫(織女星)ベガ琴座(ことざ)
カササギデネブ白鳥座(はくちょうざ)

ちなみに、この3つの星は「夏の大三角形」と呼ばれています。
夏の大三角形も有名ですよね。

七夕は中国で生まれた「乞巧奠」で、織物の上達を願う風習だった

つづいて、中国で生まれた七夕の風習である乞巧奠(きこうでん)について紹介しますよ。

乞巧奠は牛郎織女伝承から生まれました。
7月7日の夕方や夜に、織姫に対して針や糸を供え、織物の技術上達を願うものです。

さらに、7本の針の穴に、色鮮やかな糸を通す風習もありました。

乞巧奠は、7月7日の夕方におこなわれたので、七夕(しちせき)とも呼ばれるようになります。

七夕は奈良時代に日本に伝来した

七夕がいつ日本に伝来したのかが気になりますよね。
ここからは、七夕が日本に伝来してからについて紹介しますよ。

七夕が日本に伝来したのは、奈良時代ごろといわれています。

伝来後、朝廷の宮中行事として、織女星に向かって針や糸を供えていました
やがて、糸は布に変わっていきます

ちなみに『万葉集』には、すでに日本の七夕が登場していますよ。
このころには七夕を「たなばた」とも呼んでいました。

万葉集には恋の歌が多いですが、当時の人たちは自分の恋を七夕に重ねていたのでしょうね。

江戸時代に笹を飾るようになった

奈良時代に日本に伝来した七夕ですが、いつごろから現在のような形になったのか気になりますよね。

七夕といえば笹の飾りの印象が強いですが、笹を飾るようになったのは江戸時代からですよ。
奈良時代に七夕が伝来してから、長らく七夕は朝廷の宮中行事でした。

江戸時代に、江戸幕府が五節句のひとつとして七夕の節句を制定し、七夕が広く親しまれるようになったんですよ。

これが現在まで続いているんです。

なお、七夕はお盆の前行事の意味も持っていました
お盆を前に、邪気払いによって身を清めていたともいわれています。

七夕はいつ?時期は7月7日だが、8月7日などにおこなう地域もある

七夕の由来や意味がわかったら、七夕の時期が気になってきますね。

「七夕は7月7日に決まっている!」と思ったら、実際はそうとも限らないんですよ。
もともと七夕は旧暦でおこなっていたことが理由です。

明治時代初期、日本では旧暦から新暦へと変更されました。

カレンダーなど、一般では新暦の7月7日を七夕にしていますが、地域の行事では、七夕の時期をどのように扱うかに差があるんですよ。

▼以下は、よく七夕がおこなわれる新暦での日付です。

  • 7月7日
  • 7月最終週末
  • 8月7日
  • 8月8日

7月7日は旧暦の日付をそのまま新暦に当てはめたもの。
シンプルでわかりやすいですが、季節感にズレが生じます。

しかも、せっかくの七夕なのに、まだ梅雨明けしていないことも多いですよね。

そこで旧暦におこないたいところですが、旧暦に換算すると毎年日付が変わってややこしいんです。

そのため日付だけ「旧暦に近い8月」にして、「日付は7日のまま」という、2つのよいところをとり合わせて、8月7日なんですよ。

また、かつて七夕はお盆の前行事の意味もあるので、8月7日はお盆の前行事としてもちょうどいい日付ですね。

全国の著名な行事では7月7日か8月7日のどちらかなのがほとんどです。
8月7日のほうが少し多いくらいですよ。

また、少数派ですが7月最終週末におこなう地域や、語呂合わせで8月8日におこなう地域もあります。

▼以下は、著名な七夕行事ですよ。

時期祭りの名前地域
7月7日ごろに開催湘南ひらつか七夕祭り神奈川県平塚市
戸出七夕まつり富山県高岡市戸出町
機物神社七夕祭り大阪府交野市
8月7日ごろに開催仙台七夕祭り宮城県仙台市
安城七夕まつり愛知県安城市
星尾神社七夕祈願祭岡山県井原市美星町
7月最終週末に開催一宮七夕祭り愛知県一宮市
茂原七夕祭り千葉県茂原市

仙台の七夕祭りは全国最大級ですが、8月7日に開催されていますよ。

なお、青森市など東北地方で盛んな「ねぶた祭り」も、起源は七夕の祭りです。
青森市のねぶた祭の期間は、8月7日あたりですね。

七夕は1日だけ

七夕は基本的に1日で終了します。

ただし、七夕の飾りは七夕の前日から飾って、七夕当時の夕方に片付けます。

七夕でおこなわれる行事やならわしについて

七夕の時期がわかったら、七夕にはどんな行事・ならわしがあるか気になりますね。

七夕でよくおこなわれるならわしや、七夕で食べるものについて紹介します。

七夕には笹の飾りを飾る

▼七夕の風習の代表は、笹や竹の七夕飾りですよ。

七夕飾り

七夕の代名詞ともいえますよね。

江戸時代に生まれた風習ですが、当時の庶民のあいだでは、寺子屋で習い事をするのが盛んでした。

そのため、もともと七夕では織物の上達を願っていたものが、いろいろな習い事の上達を願うように変わっていきます。

また、7月7日ごろによく育っていて、邪気払いの力があるといわれる笹や竹を飾るようにもなりました。

七夕に素麺を食べる

▼七夕で食べる代表的な食べ物は、素麺(そうめん)ですよ。

七夕の行事食 素麺(そうめん)

中国では、七夕に索餅(さくべい)というものを食べる風習がありました。
索餅は、小麦粉と米粉を混ぜて細長く伸ばし縄状にしたもの。

しかし、次第に索餅が日本特有の素麺に置き換わっていきました。

説はいろいろあって、素麺が糸に似ているからや、素麺を天の川に見立てたなどの説がありますよ。

なお、七夕に素麺を食べるならわしから、全国乾麺協同組合連合会により、7月7日は素麺の日に制定されています。

七夕に索餅を食べる

古代の中国から伝来し、素麺に置き換わってしまった索餅ですが、現代でも索餅を食べようとする声もありますよ。

一度はすたれた索餅ですが、インターネット通販などで入手できます。

索餅は、現代ではなかなか食べる機会が少ないものです。
七夕の機会に、ぜひ一度食べてみてはいかがでしょうか。

七夕にハレの日の料理を食べる

日本では、冠婚葬祭や祝いの日などを「ハレの日」と呼んで、特別な料理を食べます。

ばら寿司

節句である七夕もハレの日ですよ。
地域特有の料理もありますね。

▼ハレの日の料理の代表的な食べ物は、以下のとおりです。

  • チラシ寿司
  • 赤飯
  • 鯛料理
  • 伊勢エビ料理
  • フナ寿司(滋賀県)
  • バラ寿司 (岡山県)
  • べっこう(北陸地方)

さいごに

長い歴史がある七夕ですが、起源は中国の古い時代にあるのは意外ではないでしょうか。

しかし、笹や竹は日本の独自の習慣です。
邪気払いの意味があるというのは、七夕の印象からは想像できませんよね。

短冊に願いごとを書くだけでなくて、邪気払いも意識してみると、いつもより楽しく七夕が過ごせるのではないでしょうか。

おまけ:ほかの五節句もみてみよう

重陽の節句は、五節句のひとつです。
あとの4つも気になりませんか?

ぜひ読んでみてくださいね。

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この記事を書いた人

岡山県出身、広島県在住のライター。現在、仕事と育児に奮闘中。元 鉄道会社の社員なので、交通系の記事が得意。ほかに地域文化やグルメ、写真などに強い。吉備エリア(岡山県・広島県東部)の情報を発信するサイト「きびナビ」を運営中。

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